「VR(仮想現実)演劇」と呼ばれる劇がある。メタバース(仮想空間)内でアバターを操るユーザーが芝居、公演するのだ。2022年11月25・26日に、メタバースプラットフォーム「VRChat(VRC)」上で、シェイクスピアの名作「マクベス」を題材としたVR演劇が上演される。
メタバースユーザーの「ぬこぽつ」さんが主催。キャストのほか、演出、衣装、照明、音響、演技指導担当などスタッフが集まり、実施される。VR記者カスマルは、11月21日に先行して行われたプレビュー公演を取材し、VR上で初めて観劇を経験した。
かわいらしいアバターの印象が変わる
「マクベス」は、シェイクスピアの四大悲劇として知られる戯曲だ。主人公は中世スコットランドの将軍・マクベス。ある日荒野で出会った魔女から「スコットランドの王になる」と告げられると、予言を知った妻の後押しを受け、現国王・ダンカンを殺害してしまう。野心に染まったマクベスはその後も悪行を重ね、最後は身を滅ぼす。
VR演劇「マクベス」の主演は、「VRCアクター」の「ともよろう」さん。動物の耳が生えた、小柄な少女のアバターでマクベスを演じる。原作通り、国に尽くす勇猛な将軍だったマクベスが、己の欲のまま王や友人を手にかけていく。
一貫して少女の容姿のままで、衣装の変化はあれどもマクベスの顔のデザインは変わらない。しかし劇を見るうち、かわいらしいアバターに受けていた印象は次第に不気味なものへと変化していく。
いったん閉幕したあと、最後は演者が紹介される。VRCの機能では、仮想空間内に、紙吹雪やハートマークなど任意のオブジェクトを散らすことができる。称賛の意をこめて、観客からは紙吹雪や紙幣が舞った。
「かわいいがひとつの価値観」に疑問
脚色・演出を担当しているぬこぽつさんに取材した。現実でも2016~19年の間、小劇場で活動し、演劇制作に携わった。
VR上で行われる演劇は、一般的にオリジナル脚本によるものが多いという。そんな中で「シェイクスピアをやったら面白い」と考え、今回は広く知られている「マクベス」を選んだ。自身が現実で演劇に深く関わるきっかけとなった演目もマクベスだったと振り返る。
今回のコンセプトは「VRだけど、VRじゃない」だ。たまたま劇場がVRCというプラットフォームにあり、一緒に制作をしたい役者と「VRで出会っただけ」。しっかりと稽古を行なう、また音響や照明、ドラマトゥルク(演出助手や助監督のようなもの)といったスタッフを用意するなど、現実の演劇の手法をVR上に持ち込むのが目的と話す。
マクベスの凄惨なストーリーとは裏腹に、公演ではかわいらしい見た目のアバターが数多く登場する。キャスティングのねらいについても聞いた。
VR上では現実の性別や容姿に関係なくアバターを選ぶことができ、可憐な容姿のアバターを使う人は多い。こうした背景からか、ユーザーからは「メタバースでは美少女になれる」との声をたびたび耳にするのだという。そんななか、VR上で「かわいいがひとつの価値観」となっていることに疑問を抱いてきたと、ぬこぽつさんは話す。
他方、「ともよろう」さんの姿は少女でありつつも、マクベスが心に抱く恐れや醜さを演技で伝えている。「肉体としての人格、アバターとしての人格、役の人格。その3つを役者が宿したとき、観客からはそのアバターはどう見えるか?」と観客に投げかける意図があるとのことだ。
公演は、11月25日22時、そして26日の18時と22時にそれぞれ行う。公演時間は100分を予定。25日は、ユーチューブ上で配信も行う。