「男の隠れ家」11月号の「地球のタビビト」で、釣りを得意とする写真家のミズグチケンジ(水口謙二)さんがブラジルでの食事について書いている。
「ブラジルにいる。こんなことはあまり言いたくないのだが、ブラジルの飯はマズイと思っている...もし気を悪くされる方がいたらすみません。マズイと思っている飯を食べないといけないのに、ブラジルに何度も来る。それは総合的にブラジルが素敵な国だから」
かれこれ10年間、かの国に通うミズグチさん。ブラジル愛ゆえのボヤキだろう。しかしなぜ不味いと思うのか。現地で暮らし、歴史や文化を学ぶうちに、その原因のひとつが分かったような気がしてきたそうだ。
「ブラジル料理は肉と豆、魚を中心としたものが多く、ちょっと大ざっぱ」なのだという。では他国から持ち込まれた料理群はどうか。これも残念な状況らしい。
「イタリアンはブラジル国内のあちこちで食べることができるのだけど、どう考えても間違って伝来しているか、間違ったまま調理法が広まったのではないかと...外国料理が間違った方法やレシピで調理されていることが多いのだ」
例えばクリーミー系パスタの代表格、カルボナーラ。サンパウロやブラジリア、マナウスの庶民的なレストランで供されたのは、大量の溶けたチーズがかかっただけのパスタだった。ピザはこねた生地の上に「一体これは何?」といったものが載っているが、思わず「大丈夫か」と心配になる代物。濡れたタオルのような食感だったこともある。
自作の唐揚げ
「ではブラジルで食べるなら何がいい? それは自分で調理することだ。肉や魚、野菜、材料はいいものがたくさんある」
そうきたか、という展開である。ミズグチさんはアマゾンで鳥の肉が食べたくなり、レストランにもマーケットにも行かず、自ら始祖鳥のような鳥を狩ったという。彼は日本の銃所持許可を持っていて、ブラジルでも狩りができるそうだ。
「始祖鳥の羽根をむしり、胸と腿に肉を切り分けて唐揚げを作った。醤油とマヨネーズは市場で入手。フルーツはそのまま。魚は塩焼き、塩加減と火加減次第。最高だ」
ずいぶん豪快で、現地と同じほど大ざっぱな手料理である。それでも、店で食べるよりはるかに美味いのだろう。手間ひまをかけるだけの価値はあるという。
「どんな場所に行っても、味が気に入らない、舌に合わないなら自分で作ればいい」
ハズレの落胆
自称「釣りを伝える人、写真家」のミズグチさん。釣り雑誌などの編集者として18年のキャリアを積んで2011年に独立、執筆活動や写真撮影のほか、自身のアウトドアブランド「冒険用品」もプロデュースしている。
「男の隠れ家」での連載は10月号から始まり、今回が二作目。初回もアマゾン川の最上流にあたるネグロ川(ブラジル・アマゾナス州)からの発信だったから、しばらくはブラジル紀行が続くのかもしれない。
さて、世界43カ国を訪れたという「タビビト」から、個人の感想とはいえマズイと断言されてはブラジル料理も立つ瀬がない。名誉のためにあえて邪推すれば、ミズグチさんが使うのはもっぱら大衆食堂らしいので、一流店はそこそこの味なのではないか。
確かに、旅先の食事が「ハズレ」だった時の落胆は大きい。グルメの本場、ヨーロッパが主戦場だった私も経験があるが、こちらは一期一会の覚悟でテーブルについているのに、前菜も主菜も副菜もいまひとつということがままある。とりわけ入国して最初の食事はその国の印象を決めかねない。ミズグチさんは、ブラジルの素敵さや魅力は別の機会に紹介すると断っているが、数日しか滞在しない観光旅行だとリカバリーは難しい。懲りた勢いで、マクドナルドやケンタッキーなどの「世界安心ブランド」に逃げてしまう。
店がダメなら作るべし...サバイバル感あふれるこの結論、一般の旅行者にはいささかハードルが高い。どんなに不味い料理も醤油さえかければ日本人の口に合う、というものでもないだろう。街場のスーパーをのぞいても「逃避策」が見つからない場合、メシの不味さも土産話と達観しよう。永住するわけではないのだから。
冨永 格