GINGER 9月号の「4 Unique Girls」で、作家の山田詠美さんが、内閣府の研究会で交わされた少子化対策の議論を一笑に付している。4カ月前の話になるが、「壁ドン教育で恋愛弱者を支援?」などと報道されただけに、覚えている向きもあろう。
その「人生100年時代の結婚と家族に関する研究会」がメディアに取り上げられたのは今春。メンバー6人の1人、成蹊大の小林盾教授(社会学)が、恋愛支援のため壁ドンや告白の練習を教育に組み込んではどうか、と提案したのだ。SNSや野党からの批判を受けて、内閣府の担当者は「政府の公式見解ではない。今後の取りまとめでは不快な思いをされることのないよう留意したい」と釈明に追われた。
「マジですか? とても正気とは思えなかった」という山田さん。「そうやって、何が欲しいの? 恋のチャンス? 恋人? 結論から言うと、何の興味もない相手から、何の前触れもなくされる壁ドンなんて、恐怖以外の何ものでもないではないか」と容赦ない。
当の研究会が社会学、経済学、人口学などの専門家たちで構成されていると知った筆者は、恋愛の本質についてこう切り込む。
「社会、経済、人口...恋愛は、そういうところから逸脱しているから、楽しいんじゃないか。古今東西、アートや文学、音楽、演劇、映画...あらゆる芸術分野に共通項を持たせて来たんじゃないか。それを、壁ドンの練習とは...しょぼ過ぎる...大丈夫なのか、日本」
トンマな議論
山田さんが笑いを通り越して苛立つのは、恋愛支援という発想、提案そのものが、少子化対策の核心を外していると考えるからである。
「私は、恋愛小説を書く立場ではあるが、あえて言わせてもらうよ。恋愛しなくたって、素晴らしい人生は、数限りなく存在しているのだ...恋愛と結婚が子供を作るのではなく、セックスが子供を作るのだ。子を産んだ後の社会保障を整えるのが先決なのでは?」
研究会での配布資料には〈ハンサム、美人ほど恋愛経験が豊か〉〈男性は80キロ、女性は60キロ超えたら、もう恋愛の資格ないでしょ〉といったコメントもあったそうだ。
「いやはや、色恋の何たるかを解ってない人々って、役人まわりに集中していたんですね...もっと芸術に親しんでみましょうよ...日本文学は、恋愛作法の宝庫ですよ」
山田さんは最後に、読者層である若い女性に呼びかける。
「女性たち(いや、男性もだが、あ、LGBTQ+の人たちも)、国のこんな恋愛指南に怒った方がいいよ! ジェンダーフリーだ多様性だ何だと、物分かりの良いふりして、このトンマ(死語復活!)な議論。この世に、恋愛適齢期も結婚適齢期もないのです。あるのは、出産適齢期だけ。その本来の適齢期をサポートしないでどうする!?」
ズバリの政策を
研究会での提案には、「日本では結婚が出生の大前提。結婚に至る結びつきの88%が恋愛で、恋愛できる環境をリサーチするのは(少子化対策の)スタートライン」(野田聖子・少子化担当相)と理解を示す声もあったが、総じて評判は芳しくなかった。
「国までが恋愛偏差値の向上に取り組むのはおかしい」「恋愛テクは知りたい人が雑誌やネットで覚えればいいことで、税金を使う話ではない」といった意見が代表的だ。
「結婚を促し、少子化に歯止めをかけようとして、こんな馬鹿みたいなこと話し合っているんだったら、これも大きな間違い」と書く山田さん。怒りの一つ目の理由は、前述の通り論点のズレである。二つ目は、極めて私的な行為であり、それが許される前提がいくつもある壁ドンを、九九や逆上がりのように一般化して教え込もうという発想だろう。
言わずもがなだが、壁ドンとは男性が女性を壁ぎわに追い込み、動きを封じて強引にセマること。2014年には流行語大賞にもランキングされたが、漫画の世界ならともかく、今では行為自体がセクハラにあたるという意見がもっぱらだ。
掲載誌が巻頭に置く山田連載。タイトルにある「4」はメールなどでは「for」と同義で、コラムの基本コンセプトは〈特別な女性、人生のヒロインになるためのルール〉だという。今回のメッセージは明快だ。国難とも言われる少子化問題は、あくまで子育て支援など正攻法の政策で解決すべし。これに尽きる。
読み終えて、筆者が政府を壁ドンしている図を思い浮かべた。
冨永 格