父は「目の前で見た」
被爆体験を語ることに躊躇(ちゅうちょ)していた人は少なくない 経済評論家の森永卓郎さん(1957~)の父もその一人だ。
森永さんは、戦後生まれで戦争を知らない世代だ。テレビで以前、「原爆は地上に落ちたのだと思い込んでいました」と発言したことがあった。その後、父に叱られたという。「上空で落ちたことも知らなかったのか」「俺は目の前で見た」というのだ。
父は当時、海軍予備学生だった。潜水艦型の人間魚雷に乗り込むことになり、広島の基地で訓練を重ねていた。たまたま洋上に浮上したときに、ハッチを開け、原爆の爆発を目撃したそうだ。その瞬間、被爆していたことになる。戦後50年経って、息子の無知を知って初めてその体験を口にした。
そのとき、母が悲鳴を上げたという。自分の夫が被爆者だということを知らなかったからだ。父は被爆の事実を隠して結婚した。当時は、被爆者だということが分かれば、結婚しづらかった。
森永さんは、被爆を隠していた父のことを、自著でそう回想している。