本業とアーティスト活動を、「兼業」する働き方がある。例えば、でんぱ組.incの元メンバー・夢眠ねむさんをはじめ、多くのアイドルに楽曲提供するミュージシャンのCHEEBOW(ちーぼう)さんは、プログラマーと「週末音楽家」の顔を併せ持つ。
こうしたアーティストは、少なくない。2022年5月25日に「女、深夜の麺屋にて」、6月22日に「あなたが課金しないなら」と新曲を連続リリースした、近視のサエ子さんもその一人だ。フリーランスとして広告制作やデザイン、PRなどを手掛け、土曜日のみ「近視のサエ子(以下、サエ子)」に変身する。二人が「兼業音楽家」のあり方を、オンライン対談で語り合った。
40歳で「アイドル曲作って」と言われ
二人は2010年に、ソーシャル・ネットワーキングサービス「mixi」経由で知り合い、とあるゲーム曲を共作した仲だ。
CHEEBOWさんは当時41歳。29歳の時に友人と興した会社を経営しながら、同人で音楽活動をしていた。サエ子さんは大学卒業後にテレビ番組の制作会社に就職したものの、辞めて音楽一本に専念するところだった。
けれど音楽の道は、なかなかお金にならず、厳しかった。サエ子さんはその後、ウェブデザイナーを本業に生活を立て直すことにした。
サエ子「最初は『こびとづかん』のウェブデザイン(10年から15年)と、ボーイズラブ関係のデザインの2つしか仕事がなくて......(東京の)三軒茶屋でアルバイトしながらでした」
当時はウェブデザインがメイン。プログラミングが苦手で、必死で本を読んで進めていた。
サエ子「そこで知らずに読んでいたのが、CHEEBOWさんが書かれた本だったんですよ」
CHEEBOW「そうなんですか。Movable Typeの技術書など、共著と単著合わせて15冊ほど書いていますからね。だから、僕をプログラマーとして知っている方も多いです」
CHEEBOWさんは、WindowsやiPhone、iPadなどのアプリ開発をメインに、書籍の執筆や講演などでも活動する著名なプログラマー。そのため、「音楽をやっているといっても趣味の延長だと思われていました(笑)」と明かす。
平日は上記の本業、土日で音楽活動をしている。40歳の頃、それまでやっていた同人音楽がきっかけで、「アイドル曲を書いてほしい」と依頼が舞い込んだ。それが、夢眠ねむさんのソロ曲。これを皮切りに、主にインディーズのライブアイドルへの楽曲提供依頼が増えていった。以降、年に十数曲をアイドルのために書き続けている。
仕事、子どものお迎え、寝かしつけ、そして仕事
サエ子さんは現在、主にマンガ編集部で宣伝やPRなどの業務をしている。そのほかに音楽、映画、キャラクター開発などの制作や宣伝に携わってきた。最近では堤幸彦監督の映画「truth~姦しき弔いの果て~」のティザービジュアルや、アーティストのプロモーション担当を手掛けるなど活動は幅広い。土曜はサエ子、日曜は家族との時間、と分けている。
サエ子「土曜日だけは音楽に使いたいので、平日に業務をぎゅっと詰め込みます。でも、小さな子どもがいるので予定通りにいかないのが常なんですよね......」
平日の基本スケジュールは、こうだ。
午前中に外部確認が必要な制作物を終わらせ、メールを送る。昼頃に1時間の仮眠を挟み、子どもを保育園へ迎えに行くまで、全力で仕事を進める。子どもが帰って来てから寝かしつけまでは仕事の手を止めるが、日付が変わる頃まで働いている。打ち合わせや編集部へ出勤する日は、夫が育児を担当しているそうだ。
一方、CHEEBOWさんは、平日8時半から17時半まで業務にあたる。コロナ禍で働き方がリモートになり、朝の通勤時間が空いたため、ちょっとしたボーカルの編集やギター、仮歌(編注:リリース前の楽曲に仮で吹き込む歌)の音源チェックに使っている。ただ、原則として「平日に音楽活動はしない」。
CHEEBOW「夜は、妻との食事の時間を絶対に死守して、お酒を飲むので、その後は仕事をしないと決めています」
サエ子「素敵です。仕事と音楽活動にリズムができていて、回し方も美しくて参考にしたいです」
CHEEBOW「確かにリズムはありますね。あと僕、寝る時間も早いんですよ。0時になったら寝て、7時には起きます」
土日のみ稼働で「1月~4月末で10曲」納品
日々のルーチンを守り続けるCHEEBOWさん。今年は依頼が集中し、1月から4月末までに10曲を納品した。土日しか稼働しないため、大変な作業量だ。それでもこなせる秘密は、「切り替えの早さ」にある。
CHEEBOW「本業でもアプリ開発とアドバイザーをやっているのですが、そこのスイッチングも、ものすごく早く、都度切り替えながらやっています」
同じように、週末になったら「バン」と音楽モードにスイッチする。平日は、「週末に何をするか」考えていることが多く、すぐに取り掛かる準備ができて効率がよいと話す。
逆に、サエ子さんは「仕事と音楽、同時進行型」。全部の案件が常に走っている状態、と説明する。小さな子どもがいると予定外の事態になりやすく、柔軟な対応を取れるスタイルが合うのかもしれない。
サエ子「何かしていても、別件のひらめきを不意に得てしまいます。仕方ないので、ボイスメモを取り、後で処理します。CHEEBOWさんは、平日に音楽のことを考えませんか」
CHEEBOW「平日にメロディーが浮かぶことは、ほぼないです。週末、アイデアの蛇口をひねると出てくる感じ。開いている間ずっと、アイデアの破片が無限に流れてくるから」
「兼業音楽家」でも、境遇や取り組み方はそれぞれ違う二人だが、「兼業すると、仕事にも音楽にもいい影響がある」と口をそろえる。
サエ子さんは、編集部での経験を通じて学んだ「読者目線での表現の仕方」や、物作りの現場で得た知識を音楽に生かしている。逆に「サエ子」が名刺になり、本業でエンタメの仕事を獲得した経験もあるため、「どちらも本気でぶつからねばと思っています!」。
かたや、「僕が仕事にしているプログラミングと音楽は、内容自体は補完するところはない」と、CHEEBOWさん。
CHEEBOW「ただ、僕は工数管理をかなりしっかり行っています。スケジュールと制作費の管理は本業のノウハウが生きていそうです」
楽曲制作では、外部と頻繁にやりとりする。ギターの音や歌詞を依頼する際、ガントチャートを使うそうだ。この経験が本業にフィードバックされ、「例えばプロジェクトのリーダーとして、回していく部分などに役立っている」。
二人とも、年齢や生活のステージが変化しても、いろいろなやり方を試して落ち着いた今のスタイルから、大きく変わらないだろうと言う。二人の「いいものを作りたい」という探究心やチャレンジ意欲が、常に外側へと向き続けているからなのかもしれない。
(取材・執筆 / 薮田朋子)