見渡す限りの大海原を横目に走ったかと思えば、時に民家すれすれの線路を通る。神奈川県の藤沢駅と鎌倉駅を結ぶ全長10キロの鉄道会社・江ノ島電鉄が運営する、通称「江ノ電(えのでん)」だ。
21年3月に開設した公式ツイッターアカウントは、アカウントフォローを条件にしたプレゼントキャンペーンにこだわらず、日々の地道な投稿で熱量の高いファンを着実に獲得してきた。例えば「おはえの」と一言ツイートするだけで、数百の「いいね」が集まる。人気の理由の一つが「情報発信が、ゆるく、シンプルであること」だ。
「な つ が き た」に、3万いいね
【えのでん 江ノ電公式】21年3月にアカウント開設し、初日でフォロワー数1万を突破。1年経った22年3月末時点で、4.4万を超える。主に日常の江ノ電写真や、社屋からの風景、沿線の絶景スポットを投稿。利用者が撮影した江ノ電写真をRTで積極的に取り上げ、交流にも力を入れている。
担当者は総務部社員。以前は観光に関する施策を担当する部門に所属し、行政や地元企業との連携や、店舗運営も経験した。部署異動に伴い、2020年の夏前から「ツイッターアカウント開設」のための社内調整や準備を手がけ、今に至る。地域住民や観光客との交流ツールにするためだ。
運用開始以来、フォロワー数は右肩上がり。「極端にバズったことはない」と言うが、ひとたび呟けば、画像なしの文章だけのツイートでも「いいね」数3ケタは固く、画像ありなら、1000いいね獲得も珍しくない。エンゲージメント(ツイートへの反応数)が総じて高いのだ。
ツイート作りのコツを聞いた。常に心がけているのは以下だ。
・誰が見てもわかる内容にする
・なるべく短い文章にする。できるだけ1、2行。長くても3行
・翻訳をかけても伝わる言い回しにする。難解な言葉を使わない
・迷ったら投稿しない
かわいい顔文字付きの、朝のあいさつ「おはえの」と、一日を締めくくる最後の投稿「おつえの」に代表されるように、同アカウントの投稿は総じて簡潔だ。写真ツイートに添える一言も、ほとんど必要最低限。一目で内容がわかるため、取っつきやすい。
担当者の記憶に残っているのが、21年7月のツイート。併用軌道(道路上に敷かれている線路)からやってくる江ノ電と、抜けるような青空を、本社ビルから撮った俯瞰写真だ。文章は、「な つ が き た」だけ。3.2万いいねがつき、夏の訪れを実感するリプライが殺到した。
「よく撮影する、お決まりのアングルなんです。伝えたい情報がぎゅっと凝縮された一枚を、お届けできました」(担当者)
余分な表現を削ぎ落とし、エッセンスを提供しようという努力がにじんでいる。文と写真、共に質の高いツイートを日々見られる期待が、アカウントの人気を支えている。
一方で、言葉が足らないがために誤解を招き、炎上につながるリスクも想定される。取材に同席した、担当者の上席社員は、運用について「ゆるく、シンプルにあろうとするほど、下地がしっかりしている必要がある」と感じるという。
撮影し損ねたら、次のチャンスは72分後
江ノ電は、湘南の海、鎌倉の「あじさい名所」である御霊神社、富士山など幾つもの観光・絶景スポットを、乗車しながら見られる。「映える」写真を撮りやすい環境なら、ツイートネタに困ることはなさそう――と思いきや、こんな苦労も。
「江ノ電が通りがかり、走り去るまで一瞬です。シャッターチャンスを逃すと、次に同じシチュエーションで撮れるのは...電車が一往復して戻ってくる、72分後になります」
走る江ノ電を収めるなら、「一発で決める」覚悟が要る。シャッター切り放題ではないのだ。この点は全く「ゆるく」ない。注意すべきことは他にもある。
「安全や周囲に配慮した撮影をしなければなりません。さらに、天候の影響もあります。機会があってもあえて撮らない、50枚も撮ったけど使えるのは2枚だけ、なんてことも...(笑)」
欠かせないのが、毎日の天気予報チェックだ。気圧なども見て「先の情報を仕入れ、この日なら良い写真が撮れるかもしれない、と目算を立てます」。ただ、晴れの日ばかりがチャンスではない。「あじさいと江ノ電の写真を撮るなら、雨天を狙う場合も」と担当者。実はカメラが趣味で、一眼レフ歴は12年ほど。撮影にかける思いは強い。
「被写体にとって何がベストか、どう違う見せ方をすればフォロワーを楽しませられるか、いつも考えています。同じ写真ツイートが立て続かないようにしたいですね」
今後は、沿線店舗の人や商品も取り上げ、紹介していくことで「地域を上手く巻き込んだ運用を目指していきたい」という。地場の魅力発信が、見る人の「ここに行ってみたい」につながり、やがては江ノ電の利用に結びつくかもしれない。
江ノ電は22年9月で、鉄道開業120周年を迎える。自動車部門、観光部門とも連携し、「良い意味で『鉄道アカウント』の枠を超えた取り組みで、節目の盛り上げと江ノ電の認知度アップを目指します」と担当者。最後にこう付け加えた。
「危ないことはせず、今できることを少しずつ広げていきます。本来の運用目的から、脱線しないように!」