道なき道を...
今村さんはこの1月に『塞王の楯』で直木賞を射止めた作家である。野球が好きで、座右の銘は〈道なき道を行く〉だというから、大谷に対する熱い思いがありそうだ。直木賞の元締め、文藝春秋のスポーツ誌が大谷原稿を依頼するのは自然な流れといえる。
フィクションを超える現実...小説家としてこれほどの「商売敵」はないが、一野球ファンとしてはさらなる高みを期待してしまう。そんな心情を正直に吐露したメッセージである。編集部の注文に応じつつ、今村さんは「翔」つながりから義経に展開し、時代物を得意とする小説家の素養をさりげなく見せている。
大谷と義経の人柄の違いに言及し、前者を持ち上げたくだりはやりすぎの印象もあるが、何より彼の笑顔が見たいという点は私も同意。大リーグのライバルや敵地ファンをも魅了する言動は大きな才能であり、明るいことは種目を問わずスポーツビジネスの大前提だ。しかも二刀流の剣士は、笑顔さえ天性のものらしい。
2022年の開幕戦、大谷は先発投手を務めた後に指名打者に転じ、大リーグの長い歴史にまた「初」を刻んだ。第2戦では今季初安打と初得点を記録、夢の続きが始まった。圧倒的なパフォーマンスを誇るアスリートが、実は性格もいいというカンペキ。前例の地平を離れてどこまで翔んでくれるのか、できれば創作の余地を残さず消してもらいたい。
冨永 格