「謎の歌手」は「森谷王子」
『血の歌』は、原稿用紙で約60枚。なかにしさんが亡くなった後、別荘の机の引き出しから見つかった。執筆は1995年と推定されている。息子で音楽プロデゥーサーの中西康夫さんによると、代表作『兄弟』の習作として書かれたものだという。「父の兄と、その子である『謎の歌手』との葛藤に満ちた関係が、時代背景とともに濃密に描かれていて、これは発表に値する作品ではないかと考えた」と同書のあとがきで記している。2021年12月、なかにしさんの1周忌を機に遺族の手で刊行された。
『血の歌』は、なかにしさんの兄、中西正一さんが主人公になっている。物語は、「謎の歌手、森谷王子は私の娘なのです。私の二番目の娘、美納子なのです」という兄の独白で始まる。
「森谷王子は今年になってにわかに脚光を浴びた。王子の歌う『ぼくの失敗』という歌が、テレビの金曜ドラマ『教師の恋』の主題歌に採用され、番組の高視聴率とともに、王子の歌も爆発的に売れはじめた」と説明されている。
「森谷王子」の風貌についても描かれている。「絶対に素顔を見せまいとする意志をしめす真っ黒なサングラスに、雌獅子のようなカーリーヘアー」。これは、森田さんのレコードジャケット写真とそっくりの描写だ。
このほか、「八年間歌って、森谷王子はふっつりと姿を消した」など、誰が読んでも、「森谷王子」は「森田童子」のことだなと直感する内容だ。実際、同書の表紙には森田さんのモノクロ写真がデザインされている。