自説を断定しない
25ans(ヴァンサンカン)はハースト婦人画報社のファッション誌。公式サイトで「富裕層から絶大な支持を得ています」と誇るように、例えば〈専業主婦の母親が婦人画報を愛読する家庭で結婚を待つ、20代から30代のお嬢様〉が読者像だ。
女性誌では珍しい短歌絡みの連載も、日本女性にとって伝統文化は当然のたしなみ、若いうちから親しんでおいてほしいという編集部の親心だろう。
35歳の小島さんは、歌人である母(小島ゆかりさん=先ごろ第3回大岡信賞受賞)の影響で高校時代から歌を詠み始め、18歳で角川短歌賞を受けた有望作家。父親が医師であることを含め、もろもろのプロフィールは掲載誌の読者層とも親和性がある。
一読して思ったのは、バランスの良さである。専門家としての知識と、独自の解釈・見解の分量、配置が絶妙なのだ。「自説」部分は断定調を避け、「...かもしれません」「言えそうです」と控えめな結びにしたのも好感度に寄与する。もっとも、大昔の作者への返歌というトリッキーな発想なので、もっと遊んでもいいかもしれない。
香りを花のコミュニケーション手段とみる仮説は、決して的外れではない。実際、直物の生殖器である花は色や匂いで虫などを引き寄せ、その種(しゅ)をつないできた。
人間との関わりでいえば、私たちはどこからか漂う金木犀の芳香で秋を感じ、沈丁花の匂いで春到来を知る。小島さんが書くように、季節の始まりを告げる声である。その「声」はときに、忘れがたき人の思い出を自動再生し、耳元でささやくのだ。
冨永 格