「2022年」はどういう年なのか――。大手マスコミでは、明治維新の1868年から敗戦の1945年までが77年、さらに敗戦から今年までが77年ということに注目した指摘が目立っている。日本の近現代の節目となった「明治維新」「敗戦」をもとに、日本のあるべき姿を考え直そうというものだ。
「戦前」と「戦後」が同じ長さに
毎日新聞は1月20日、白井聡・京都精華大学人文学部専任講師による「特別な年としての2022年」という寄稿を掲載している。
「私たちは、日本の近現代史の全体像をイメージする際に、ほとんど習慣のように『戦前』と『戦後』という区分を持ち込み、1945年の敗戦という出来事を近現代の決定的なターニングポイントと見なす歴史意識を自明のものとしている。この歴史意識において、日本の近代が1868年の明治維新に始まるとすれば、『近代前半』は1945年に終わり、1945年から『近代後半』が始まる。1868年から1945年までが77年間、そして1945年から2022年までが同じく77年間。つまり今年は、『戦前』と『戦後』の長さが全く等しくなる、そのような年なのである」
このことを意識すると、「本年の重要性はあたかも2022年という数字が日本の近現代史の終着駅であるかのように立ち現れてくる、という点にある」と白井さんは強調する。
白井さんは2013年、戦後日本は「対米従属」の事実を「否認」していると指摘した『永続敗戦論』(第35回石橋湛山賞、第12回角川財団学芸賞を受賞)によって論壇にデビュー。さらに18年の『国体論』(集英社新書)で、「国体」という戦前日本を覆った概念が、戦後もアメリカによって媒介、再編されたと定義。明治維新から現在まで「国体」は続き、米国(星条旗)が天皇(菊)よりも上位の権威となったのが「戦後の国体」だと読み解いたことで知られる。
「3代目」の時に衰退
エコノミストからも類似の指摘があった。日本経済新聞の1月21日の夕刊コラム「十字路」で、ソニーフィナンシャルグループのチーフエコノミスト、菅野雅明さんは、戦前と戦後の「77年」には類似性がある、と書いている。
明治以降、20世紀初頭までの約50年は、日本経済の隆盛期だった。しかし、第一次大戦以降は、太平洋戦争の終結まで混乱が続いた。戦後も90年代半ばまでの50年ほどは好調だったが、以後はGDP(国内総生産)の世界シェアは低下の一途。「失われた30年」になっている――。
それぞれの「75年」を3世代が担ったと想定すると、いずれも「3代目」になった時に「衰退」が始まっていると見なしている。
同紙では1月10日にも、論説主幹の原田亮介さんが「成熟国家154年目の岐路」と題し、「2022年は明治維新から154年、昭和の敗戦から77年目にあたる。近現代史を決定づけた2つの節目から何を学ぶか。バブル崩壊後、長く低迷する日本経済を立て直し、安定した成熟国家に導くには何が必要か」と問いかけている。
次なる「77年」に向けて
朝日新聞は1月29日、毎日出版文化賞や大佛次郎賞などを受書している書家の石川九楊さんにインタビューしている。石川さんは1945年の生まれ。今年77歳。
「45年は近代化のきっかけとなった明治維新が行われた1868年から77年後にあたります。あの敗戦から同じ年数が経ちましたが、その間、この国は私たちは何をしてきたのか。平和憲法を掲げる一方で、世界中で戦争を続ける国の軍隊を駐留させ、核の傘に甘んじる。戦争は悪だとわかっているのに、なぜやめられないのでしょう」
「子供たちや孫たちに、いったいどんなかたちの日本を、世界を手渡すのか。コロナウイルスの感染拡大を機に、もう一度、根本的に、深く考えてみる必要があると思います」
オミクロン株によるコロナ禍で始まった2022年――戦後の「77年」総括する節目の年というだけでなく、次なる「77年」の出発年でもある、という思いが強くあるようだ。