抱き続けた夢を30年越しに叶えるために
クラシックゲーム大ファンの神谷さんが、熱く語り始める。
「1994年にカプコンに入社し、キャリアをスタートさせた頃は、まさに3Dゲームの波に飲み込まれていく転換期でした。時代が進み、2Dゲームは業界の主役ではなくなっていたわけです。以来27年間突っ走ってきて、これまでを思い返すと『結局、自分が憧れたゲーム作りを体験しないまま来てしまっているんだな』と寂しさを感じるときがありました」
ひるがえって昨今は、「インディーズゲーム」に注目が集まっている。インディペンデントゲームの略称で、少人数・低予算で開発された作品を指す。
神谷さん曰く「熱意のあるクリエイターに優しい時代になった」。小規模でも面白さの核をもったゲームが日々リリースされるのを見て、「プラチナゲームズはこれまでに大規模のゲームを作ってきている。自分も原点に立ち戻って、ゲームのコアだけで勝負できる作品を手掛けたいと思った」という。
「雑多に書きためているメモから、形にできそうなネタを企画書に起こそうとしていた日のことです。個人的に温めていたアイデアの一つに『合体シューティング』があり、さらに『合体』が遊びの軸になっているゲームには、ムーンクレスタとテラクレスタがあるじゃないかと思い立ちました」
そのとき、神谷さんの脳裏に疑問が浮かんだ。「どんなストーリーだったっけ?」、「ムーンクレスタやテラクレスタというタイトルは、作中の何を指している?」。かつて自分が遊んだはずなのに、不思議と気にしていなかったことだった。
神谷さん「テラクレスタは、海底基地から機体が発進するところからスタートします。調べると、『テラクレスタ』は地球奪回のために人類が結成した組織の名だとわかって、つまり地球を奪われた人類は海底基地に追いやられたんだなと考えました」
J子「とすると前作のムーンクレスタは...」
神谷さん「月を奪回せんとする組織の話なのか、と思いますよね。侵略軍と戦うも敗北し、月に続いて地球も奪われたのがテラクレスタだと。となると次に狙われるのは太陽系、もっと言えば太陽。そこで人類は太陽奪回組織・ソルクレスタを結成し、最後の戦いに挑むわけです」
このアイデアを捨て置くのはもったいないと、神谷さんは一気に企画書を書き上げた。ムーンクレスタ、テラクレスタ、その後に発売されたシューティング「テラクレスタII」(同/1992年)、「テラクレスタ3D」(同/1997年)も「正史」として包み込んだストーリーを書き、「クレスタ・サーガ」を完結させたい一心だったと言う。
J子、ここまで聞いて構想の深遠さに脱帽。ムーンクレスタとテラクレスタを予習しておいた方がよいということなのか。尋ねると神谷さんは、即座に「いえ」と首を横に振った。
「自分としてはソルクレスタの楽しみ方は二つあると思っています。往年のシューティングファンには、ムーンクレスタ、テラクレスタの思い出を振り返りながら遊んでほしいですし、逆にソルクレスタから入った人には過去作にも触れてもらい、『あ、これはソルクレスタに出てきたな』と感じてもらえたらうれしいです」
確かに「最新作から逆行する楽しさ」は、シリーズを初めてプレイする人だけが味わえる醍醐味だ。
構想から企画書の作成まで順調に進んでいる「ソルクレスタ」プロジェクト。しかしプラチナゲームズは、ムーンクレスタ、テラクレスタのメーカーである日本物産、そして現在その権利を持っているハムスター(東京都世田谷区)と関係はなく、続編を作る権限も持たない。
壁を乗り越え、制作決定にどうこぎ着けたのか。後編では、神谷さんが緊張のあまり「生きた心地がしなかった」と語る、ハムスターへの企画提案時のエピソードと、同社・濱田倫代表取締役社長のコメントを紹介する。