秘湯の条件 飯出敏夫さんが最後に挙げる「携帯=通じない」

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   「旅の手帖」の別冊「もう一度行きたい 秘湯・古湯100」(12月17日発行)に、温泉紀行ライターの飯出敏夫さんが「そもそも秘湯とは」を考察する短文を寄せている。読みどころは、後述する〈飯出流・秘湯の目安〉なる八つの条件である。

   この別冊ムックは、全国約3000カ所の温泉地から月刊「旅の手帖」(交通新聞社)に掲載されて好評だった107湯を「旅の達人セレクション」として紹介している。

「あえて『秘湯』と定義することは、交通網や道路事情がよくなった現在では、あまり意味がないかもしれない、異論があるのは承知の上で、秘湯の目安を挙げてみた」

   飯出さんは、秘湯系を中心に30年あまりのキャリアをもつ温泉ライター。文面こそ謙虚で穏やかだが、相当な根拠と自信に裏づけられた秘湯観と思われる。

「前提として、思えば遠くに来たもんだ的な、ようやくたどり着いたという"はるばる感"が、秘湯の不可欠にして第一の条件になると思う」

   筆者によれば、アクセスが不便なほど秘湯らしくなる。健脚に頼るしかない山奥や、絶海の孤島に湧く湯が典型だ。「その頂点」という高天原温泉(富山県立山町)は黒部ダムの上流部、標高2100mの沢沿いにあり、アプローチだけで片道13~14時間というから2日かかる。その露天風呂までは山荘からさらに徒歩30分...これは大ごとだ。

  • 雪を見ながら温泉に
    雪を見ながら温泉に
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1泊2食15000円

   もちろん、不便ならいいというわけではない。飯出さんは「湯量と泉質、宿主の人柄にもこだわりたい」という。専門家としては、宿の構えや風呂の造り、土地ならではの料理、周辺の自然環境などは二の次となるが、一般的には愛される秘湯の条件に入ってくると妥協している。こうして絞った「秘湯の目安」は以下の通りである。

 〇恵まれた自然環境を堅持し、古きよき温泉場の雰囲気を残す
 〇交通が不便で、ようやく着いたという"はるばる感"がある
 〇歩いてしか行けないなら文句なし
 〇歴史は浅くとも、好ロケーションにある
 〇泉質、湯量、湯船の良さを第一のポイントにする
 〇比較的利用しやすい宿泊料金=1泊2食15000円以下を目安とする
 〇湯を守る人の「こだわりと愛情」がうかがえる宿である
 〇携帯電話の電波が圏外であること(笑)

「これらをクリアするハードルは決して低いものではない。また、すべての条件を満たす秘湯となると、かなり希少な存在かもしれない。本誌に紹介する宿の中から、読者諸氏の眼鏡にかなった秘湯が探せるとよいのだが」

はるばる訪れる価値

   国内のコロナ感染状況が落ち着き、2022年こそ近間の温泉にでも行くかと考えている人は多いはず。この別冊もそうした需要を当て込んでの企画だろう。

   飯出さんは、全国の温泉で湯守(ゆもり)たちのインタビューを続ける温泉の達人だ。その人が挙げる秘湯の目安は、専門家による最も簡潔なガイダンスである。

   表現的には「交通が不便」と「好ロケーション」の整合性など、ひと工夫できそうな点はあるが、豊かな経験に裏打ちされた説得力が頼もしい。八つの目安を強引にまとめるなら、〈はるばる訪れるだけの価値がある〉ということに尽きるのかもしれない。たどり着くまでに消耗する体力も、携帯不通の不都合も埋め合わせてお釣りがくる温泉地の魅力。それは泉質や湯量でもいいし、絶景でも美食でもいい。

   ちなみに広辞苑によれば、秘湯とは〈人にあまり知られていない温泉〉、明鏡国語辞典では〈人にまだあまり知られていない鄙びた温泉〉とある。コロナで明け暮れた旧年の疲れを静かに洗い落とすには最適の場所だろう。

   筆者が「(笑)」つきで最後に挙げた「携帯の電波が圏外」は、冗談めかしているが実は大切な要素だと思う。仕事はもちろん、煩わしい人間関係や俗世間を離れてこその秘湯である。利用者の所在や日程も、外目からは「秘」でありたい。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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