大阪市北区のクリニックで2021年12月18日に起きた放火事件の容疑者は、通院していた患者の男性(61)だった。このクリニックは患者の評判が極めて高かったという。それにもかかわらず、男はなぜ異常な犯行に及んだのか。患者との真摯な応対を心掛ける多くの医療関係者にとって、この事件はとくに深刻だ。
「復讐」を口にする患者
一般に医療機関はしばしば患者からのクレームにさらされる。特にひどいケースは「モンスタークレーマー」「モンスターペイシェント」と呼ばれる。
インターネットのヤフー知恵袋を調べると、以下のような質問が出てくる。
「復讐したいです、お医者さんに。手段を、又はご経験談を拝借させてください。適当な言葉が分かりません。不妊治療のクリニックの院長にものすごい罵声を浴びさせられてしまいました」
「何の説明もなく、抗鬱薬をカットし、地獄の苦しみを与えた医師に復讐したいです。どうするのが1番良いでしょうか?」
もちろん、復讐を推奨したり、復讐の方法を教示したりするような回答はない。「病院を替えたら」「一度、弁護士さんに相談してみたら」など、冷静な対応を求めるものが多い。
暴言など「精神的暴力」が多い
2012年12月31日、ラジオNIKKEIの「病薬アワー」に登場した獨協医科大学名誉学長で弁護士の寺野彰さんは、「モンスターペイシェントとどう向き合うか」について語っている。
それによると、2008年の全日本病院協会では、病院の52.1%が院内暴力事例を経験している。暴言など「精神的暴力」が「身体的暴力」より多い。警察への届け出は5.8%に留まり、弁護士への相談も2.1%と少ない。
日本私立医科大学協会法務委員会も2009年にアンケート調査をまとめている。全国私立医科大学29病院で、悪質クレーマー発生の経験がある病院は93%にのぼっている。最近3年間の発生頻度も約半数が10件以上、13%は50件以上経験している。対策マニュアルやガイドラインを整備している病院は45%、対応する専門の担当者は67%の病院が「いる」と答えている。
今回の事件の犯行動機は不明。容疑者が、クリニックに何かクレームをつけていたかどうかについても分かっていない。
24日の産経新聞によると、容疑者は数年前からクリニックに患者として通院していたとみられるという。時事通信は、「防犯カメラ映像などからは周到な計画と大量殺人への強い執着がうかがえる」と指摘。日経新聞は、「クリニックとの間でのトラブルの有無についても府警は捜査を進めている」と書いている。
医療機関は普段から警戒
医療機関は普段から火災に神経を使っている。体調が悪い人が来院しているうえ、入院患者を抱えていることが多いからだ。
NHKによると、全国のおよそ2500の病院が加盟する日本病院会は2018年、過去50年間に病院で起きた102件の火災について原因などを調査した。出火原因で最も多かったのは▽放火で33件、次いで▽たばこと▽電気コンロなどの調理機器がそれぞれ14件などとなっている。
全体の3分の1ほどを占めた放火の場合、現場となった場所は病室とトイレが多く、放火の方法はライターが最も多くなっていた。
読売新聞によると、東京都八王子市の東海大学医学部付属八王子病院で14年11月、男が病棟の廊下に発炎筒を投げつけて放火。天井や壁などを焼いたが、スプリンクラーが作動してすぐに消し止められ、けが人はなかった。男は通院中の患者で、事件以前から病院側に繰り返し苦情を言っていたとされる。
大阪市でも11年3月、天王寺区の8階建てビル6階のクリニックで、男が診療室の床に灯油をまき、火を付ける事件が起きた。クリニック内にいた患者ら約40人は避難して無事だった。男には来院歴があったという。