「素敵なあの人」1月号で、エッセイストの吉本由美さんが60代からの簡素な生活について論じている。題して「それは、買うべき運命のモノ?」
宝島社が発行するシニア女性向けのライフスタイル誌。吉本さんの文章は、読者アンケートで選んだ「60代の口コミ大賞」に寄せたものだ。中高年の女性が購入したり、役に立ったりした商品を紹介する企画である。
「この10年、生活必需品以外ほとんどモノを買わなくなった...買いたいモノを即座に買っていたころを思うとすこぶる簡素な生活である」
吉本さんは73歳。「アンアン」「クロワッサン」「オリーブ」などの人気女性誌で活躍したインテリア・スタイリストの草分けだ。62歳の春に故郷の熊本に戻り、執筆活動を続けている。
モノを買わない理由は「年を取った、興味がなくなった、財源が乏しくなった、いま暮らす街にこれぞという店がない、最近ではコロナ禍で外出することが減ったから」など色々だが、転機はやはり還暦を過ぎての熊本移住らしい。東京を離れたから買わなくなったのではなく、移住の理由を聞けばコトの順序はむしろ逆だとわかる。
「都会暮らしの何もかもに嫌気が差していた。都会暮らしはイコール物欲の世界だった。物欲を乗り越えたところに何があるのか知りたくなっていた」
買うべき運命か
物欲が渦巻くメガロポリスを脱したことで、「自分の肩にずっしりと乗っかっていた大荷物の大半を振りほどき、身軽になった」そうだ。同時に、地方都市にはお気に入りのモノが少ないことに気づき、大都会がいかに好みの品々であふれていたかを再認識した。
「そして10年。いま私が感心するのは、好きなモノの少ない街に暮らして何ひとつ不便だったことはなかったな、ということだ。ないからこそ...夢を見る愉しみがあり、持っていない心地よさという上級の感性まで習得できたりして、また乙なものである」
老境を迎え、物欲や所有欲が失せ、買いたいモノがなくなる。そんな筆者がたまの買い物でまず考えるのは、「同じようなモノを持っていないか」だという。
「70歳も超えると"終活"が現実味をおびて迫ってくる。必死でモノを減らそうとしているときに新たに買うことの矛盾...これまでの愛用品を処分してまで『欲しいか?これを?』と自分に問う。ほとんどが『いいえ』だがたまに『うん』がある...このワンクッションのおかげでだいぶ無駄買いが減ったと思う」
〈仕方がない、これは買うべき運命なのだ〉と自らを説得できるかどうか。
「簡素な生活はダイエットと同じ、身軽になって気持ちいい。それでも新たに買うならば、しっかり吟味する。60過ぎたら、買い物には『即決』ではなく、『納得』が必要である」
簡素でも快適に
モノがないから「あったらいいな」の夢が膨らむ...ご本人は半ば照れながら「...なんて言うと『好きなモノに囲まれて暮らしましょう』と、雑誌に本に散々書き散らしてきた自分の立場はなくなるわけだが」と、正直に自らツッコミを入れている。
ひと回り下の私も、買い物への気構えは現在の吉本さんに近い。家電などの耐久消費財は型は古くても大抵そろっているし、食器などの雑貨も、見て回るのは好きだが新規の購入はめったにない。家具もしかり。美術品には興味があるが、もはや飾るべきスペースが尽きた。時計や靴を含め、おしゃれ関係にはハナから関心が薄い。それぞれの分野に感心の濃淡はあっても、高齢者はだいたいそんなものだろう。
では、掲載誌の「口コミ大賞」に選ばれたモノは何か。「総合」の上位3品は...
(1)ヘアードライヤー ナノケアEH-NA0G(パナソニック)
(2)コードレスクリーナー Micro1.5kg(ダイソン)
(3)量る手間を省いたプッシュ式洗濯用洗剤 アタックZERO(花王)
実用品、それも生活必需品のヒット商品ばかりである。ちなみに「ヘルスケア部門」では、「買うべき運命」というにはいささか小粒ではあるが、冨永も愛飲しているプロビオヨーグルト R1(明治)が選ばれている。
とはいえ最新型のドライヤーや掃除機は、吉田さんも書く通り、長い付き合いだった愛用品を処分して「えいや」と購入したに違いない。簡素でもより快適に...モノであふれた成熟社会に生きるシニア層の、そんな生活スタイルが浮かんでくる。
冨永 格