「VR(仮想現実)」を基本の「キ」から押さえつつ、「VRを楽しむ達人」を目指す連載。ナビゲート役は、「メタバース」でのマーケティングや調査を手掛ける「往来」代表取締役の東智美さんだ。
VRヘッドセット「Oculus Quest2(オキュラスクエスト、以下Quest2)」を手に入れたものの、コンテンツが多すぎて何を楽しめばよいかわからない記者。東さんが「ここは面白い!」と勧める、「授乳カフェ」へ行くことにした。VR向けSNSアプリ「VRChat」上にあるという。それにしても「授乳カフェ」って、名前からして気になるが......。
「健全な場所なんです!」3回繰り返す
記者が今回お邪魔するのは、毎週木曜日22時30分~23時30分に開店している「授乳caféキタリナQuest支店」だ。初利用なので「まずは、22時からの新規向け説明会に参加しましょう」と東さん。
事前にカフェの公式ツイッターアカウントの告知を確認し、その日のインスタンス(VR Chat内の「ワールド」の個別単位)リーダーに「フレンドリクエスト」を送る。時間になったらVR Chat内でメニューを開き、リーダーのプロフィール画面から「Join」を選んで、インスタンスに入ればよい。記者が参加した日のリーダーは「osarumonky」さん(以下、おサルパパ)だ。
説明会では、「授乳」のやり方が口頭と実演で伝えられた。癒やされる側(赤ちゃん)が座ったイスを、癒やす側(パパやママ)が抱え、ほ乳瓶をくわえさせたり、子守を歌ったりするようだ。「直接だっこ」はしないという。イスを抱え上げられる時に視界が大きく動いて酔いやすいので、心配な人は目をつぶっておくとよい。
「怖いお店ではありません!本当の本当に、健全な場所なんです!」
おサルパパは(大事なことだからか)3回も繰り返していた。説明は終始丁寧で怪しいところはなかったが、何せ物心ついてから授乳された経験がないため、未知への不安が拭えない。既に東さんに「ママー」とすがりたい。
東さん「では、いざ授乳カフェへ!」
説明会終了後、東さんは記者の思いに気付かないまま走り出した。「ええい、ままよ!」。記者も後を追いかけ、指定されたインスタンスに飛び込んだ。
「高い高い」に大はしゃぎ
入店すると、広いカフェ内のあちこちで「授乳」が行われていた。専用テーブルに通されて順番にメニューを頼むスタイルなのかと思ったが、そうではない。「オギャー」「バブバブ」という声は特に聞こえず、普通の会話を楽しんだり、黙って子守歌を堪能したりしている赤ちゃんが多い。
「授乳したり、されたりしなきゃいけない決まりはありません。自由に癒やされてください」
おサルパパさんが説明していた通り、過ごし方は利用者次第のようだ。
記者もさっそく癒やしてもらおう。ママになってくれるのは「yacho-ヤチョウ」さんだ。「かわいいネコちゃんね~」と柔らかい口調で話しかけられ、満更でもない気分になる。
いざ授乳!
ちょっと、いや、大分恥ずかしい...。
他の人にどんな目で見られているのだろう。慌てて周囲を見渡したが、誰も記者は眼中にないようだった。他の利用者は、自分の相手に癒やされたり、癒やしたりするのに夢中だ。
また、視界にはパパやママの顔とほ乳瓶しか入らない。必然的に「相手(ママ・パパ)と自分」だけの空間になり、段々と周囲は気にならなくなる。気付けば、仕事の悩み相談をしていた。ヤチョウママは話を遮ったり否定したりせず、「そうなのね~」「うんうん、えらいね」と相づちを打ってくれ、とても話しやすい。気付けば数分しゃべり倒していた。
記者「すみません、一方的に悩みを聞かせる赤ちゃんで...」
ヤチョウママ「大丈夫ですよ。赤ちゃんは千差万別ですからね!このお店は木曜営業なので、『あと1日で休日ですね』と声をかけたら『シフトが入ってるから休みじゃないんだよ...』と、『シフト勤赤ちゃん』を落ち込ませてしまったことがあります。言葉選びには、いつも気をつけなければと思っています」
ヤチョウママと癒やしの時間を過ごした記者。打って変わって、おサルパパは「アクティブ授乳」がウリだそう。元気な男の子に大好評らしい。いったい何をしてくれるのだろう。記者は早くも授乳のとりこになっていた。
「高い高い」されると視界が一気に縦に伸び、笑顔のおサルパパ越しにカフェが見渡せた。記者は一切動かず、現実世界で座ったままだ。遊園地のアトラクションみたいで、クセになる!童心に返って、3回もせがんでしまった。他所ではなかなか体験できない。
さらに、おサルパパは子守歌まで歌ってくれた。いやいや、この年になって子守歌は...と思っていたが、夜遅いのも手伝って徐々に心地よく。「本当に眠ってしまう赤ちゃんもいますよ」とおサルパパ。「寝かしつけ」が上手なママ、パパもいるそうだ。
「常連になったらママをやれ」とは言われません
カフェに「赤ちゃん」として通ううちに、「癒やされる側としての経験を生かし、ママもやるようになった」常連に話を聞いた。利用歴約1年の「海(Umi_large)」さんだ。「その日の利用者の割合を見ながら、赤ちゃんとママ、どちらで過ごすかを決めている」という。カフェには名簿に正式登録のある「スタッフママ」だけではなく、登録はないが癒やす側も担う「フリーママ」もいる。「フリーママ」になるうえで、決まりや条件はないようだ。
ただ、何度通っても「癒やす側」に回るルールはない。Yukininnjiさんは、「一時ママをやってみたが、向いていなかった」と話す。「赤ちゃんにどんな言葉をかけたらよいか、どう接すべきかと迷ってしまった」のだ。相手を癒やそうと頑張りすぎてストレスを感じたため、今は「赤専(=赤ちゃん専門の利用者)」として楽しんでいる。新たなVR友達との出会いの場にもなっているという。
同店の支店長を務める「円角(ennkaku)」さんは「授乳caféキタリナは癒やしと落ち着きを提供しています。これからも皆さんを癒やしていけるように頑張っていきたい」とコメント。さまざまなパパ、ママと会話したが、話すテンポや身振りが全員ゆったりで、口調が柔らかい。否定的な言葉は、最後までなかった。
「授乳」と聞くと身構えるかもしれない。記者も初めはそうだった。だが実際にカフェをのぞくと、知り合いを求めてVR世界への入口にしようとしている人、社交場として使っている人もおり、難しく考える必要はない。「赤ちゃんになれ」、「ママ役をやれ」と強要される恐れもなく、どう過ごすかはその人に委ねられているので安心だ。記者も、また癒やされに行きたい。