得意を磨く ジェーン・スーさんが忌む呪いの言葉〈好きを仕事に〉

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現実との折り合い

   30代半ばからは「好き」をわきに置き「得意」で稼ぐべし...このアドバイスを聞いて誰もが思うのは、では自分はどうか、どうだったかということだ。

   あくまで生計手段についての話である。「好き」をそのまま仕事にできる人は幸せだが、多くはどこかで妥協し、自分なりに理想と現実の折り合いをつけて今に至る。

   ただし、続けているうちに「好き」になる仕事というのはある。「好きと意識したことはない」という彼女の目下の活躍ぶりも、そんなカテゴリーに入るのではなかろうか。得意なのは当然として、少なくとも嫌いではないだろう。

   〈好きを仕事に〉が呪いの言葉となるのは、いつまでもその呪縛が解けず、夢を追い続けるうちに生活が破綻しかねないからだ。30歳を過ぎるくらいまではいいが、中年の域に達したところで「好き」から「得意」にシフトチェンジしようというのが、今作のメッセージだ。自身の影響力を自覚しての、責任ある大人の助言といえる。

   とはいえ「好きこそ物の上手なれ」ともいう。好きだからこそ飽かずに努力を重ね、いずれその道で大成する例もあるから、「好き」と「得意」は実は地続きかもしれない。「得意」で稼ぐのもいいが、「好き」も捨てずに心の隅で温めていたい。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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