現実との折り合い
30代半ばからは「好き」をわきに置き「得意」で稼ぐべし...このアドバイスを聞いて誰もが思うのは、では自分はどうか、どうだったかということだ。
あくまで生計手段についての話である。「好き」をそのまま仕事にできる人は幸せだが、多くはどこかで妥協し、自分なりに理想と現実の折り合いをつけて今に至る。
ただし、続けているうちに「好き」になる仕事というのはある。「好きと意識したことはない」という彼女の目下の活躍ぶりも、そんなカテゴリーに入るのではなかろうか。得意なのは当然として、少なくとも嫌いではないだろう。
〈好きを仕事に〉が呪いの言葉となるのは、いつまでもその呪縛が解けず、夢を追い続けるうちに生活が破綻しかねないからだ。30歳を過ぎるくらいまではいいが、中年の域に達したところで「好き」から「得意」にシフトチェンジしようというのが、今作のメッセージだ。自身の影響力を自覚しての、責任ある大人の助言といえる。
とはいえ「好きこそ物の上手なれ」ともいう。好きだからこそ飽かずに努力を重ね、いずれその道で大成する例もあるから、「好き」と「得意」は実は地続きかもしれない。「得意」で稼ぐのもいいが、「好き」も捨てずに心の隅で温めていたい。
冨永 格