田んぼを再現
ありふれた料理の、何気ない味わいを書くのは、ごちそうや高級料理に比べはるかに難しい。後者であれば、見たまま聞いたままを紹介するだけでも読者の関心に応えることになろう。しかし、刻みたてのネギが香る豆腐の味噌汁や、新米の塩むすびの旨さを文章化するには、持てる表現力や語彙を駆使しないと一行半で終わりかねない。
きつね丼は、ありふれた食材でつくる割には知られていない。一般家庭はもちろん、駅前食堂のメニューにもないだろう。丼のラインナップでは、かつ丼、天丼、親子丼、牛丼、中華丼、鰻丼、海鮮丼といったレギュラー陣とは別の世界に、影薄く佇んでいる。
それが、平松さんの手にかかると実に美味しそうなのだ。たとえば「じゅわじゅわのスポンジになった油揚げが、炊きたてのご飯にしなだれかかる」というくだり。彼女が当代きっての食の書き手であることを確認できる。
そして旬の白米との相性。コメの甘さを際立たせるには、あえて甘辛の具材と合わせるというのも新鮮だ。何度も作った人にしか書けないことである。
油揚げと卵によって、小さな丼の中に黄金色の田んぼが再現される。収穫の秋や新米にも絡め、季節感あふれる読み物ともなっている。
平松さんにはやはり、食ライターではなく随筆家の肩書がふさわしい。
冨永 格