コロナ禍はひと段落したが、不吉な言葉がこのところ目立っている。「タイタニック」、「日本沈没」――。
「タイタニック」は1912年4月、氷山に衝突して沈没した当時世界最大の客船。「日本沈没」は小松左京の近未来小説のタイトルだ。
世界に波紋
まず「タイタニック」。この言葉が飛び出したのは、月刊「文藝春秋」(2021年11月号)の財務省・矢野康治事務次官の寄稿だ。
「今の日本の状況を喩えれば、タイタニック号が氷山に向かって突進しているようなものです。氷山(債務)はすでに巨大なのに、この山をさらに大きくしながら航海を続けているのです。タイタニック号は衝突直前まで氷山の存在に気づきませんでしたが、日本は債務の山の存在にはずいぶん前から気づいています。ただ、霧に包まれているせいで、いつ目の前に現れるかがわからない。そのため衝突を回避しようとする緊張感が緩んでいるのです」
10月末には総選挙も予定されており、各政党は、大盤振る舞いを競っている。だが、日本の財政赤字はバブル崩壊後、悪化の一途をたどり、「一般政府債務残高/GDP」は256.2%と、第二次大戦直後の状態を超えて過去最悪。他のどの先進国よりも劣悪な状態にある。矢野次官は、日本をタイタニック号にたとえ、借金財政を是正することで氷山との衝突・沈没回避を、と訴えている。
事務次官は省庁のトップ。矢野氏の寄稿は、霞が関の頂点に立つ官僚による異例の「憂国の檄文」になっている。そのため、NHK、読売新聞など国内の主要メディアはもちろん、ブルームバーグ、ロイターなどを通じて全世界に打電され、波紋が広がった。