涙で声を詰まらせたエピソード
海外の遠征先で選手たちと食事や買い物を共にし、心を通い合わせていったと宮本コーチ。旧姓が「風間」であることから「KAMA」というあだ名があり、「椛(西矢選手)からは『KAMAじい』なんて呼ばれています。選手たちにとって私は母親と同世代ですが、友達のように思ってもらっているのか...。『コーチ』とは呼ばれなかったですね(笑)」。
終始、笑顔で取材に応じてくれた宮本コーチが、涙で声を詰まらせた瞬間があった。東京五輪会期中の選手たちについて聞いた時のことだ。スケボー女子ストリート8位入賞の西村碧莉選手は、大会前日にある「試練」に見舞われていたという。「本人はきっと、『言い訳になるから』と語りたがらないこと」と前置きし、こう話した。
「練習中に、大きなケガをしたんです。碧莉が技を失敗して顔と膝を地面に強打する瞬間を見て、しかもすぐに起き上がってこないので、これは大変だと思いました。何とか立ち上がってコースから出てきた彼女を、選手村内の病院に連れて行きました」
骨には異常が見られなかったので、ドクターストップはかからなかったが、「痛み止めを打って、それでも車いすに乗らないと動けない状態になってしまった」。棄権するかどうかは大会当日の朝に決めようとなり、「その後『一人になりたい』と言って部屋に帰っていきました。家族や知人に色々と相談したのだと思います」。宮本コーチは、西村選手が本番に参加するのは厳しいだろうと予想したそうだ。
しかし翌朝、西村選手は普段と変わらない様子で現れた。
「いつも通りに部屋から出てきて、コースで練習を始めたんです。しかも、前日に失敗してケガに繋がった技を、決勝本番で成功させたのが本当にすごい。普通なら、ミスをした時のことがよみがえってしまって腰が引け、もう一度失敗してしまったり、怖くてそもそも挑戦できなかったりするものです」
西村選手が必死に見せたパフォーマンスが、「椛と楓奈(中山選手)に良い刺激を与えたはず」と宮本コーチは考える。東京五輪での日本女子選手たちの奮闘が世間に広く知られ、スケボーに興味を持つ人が出てきたと感じている。
競技人口が増えること自体は歓迎だ。宮本コーチは、未来の五輪選手候補たちにこう呼びかけた。
「多くの人に良いイメージを持ってもらうためにも、まずは『誰かの迷惑にならないように、気をつけて練習をする』ことからスタートしてくださいね!」