「自由の街」でさえ
大江さんは61歳。関西学院大在学中の1983年にシンガーソングライターとしてデビュー、渡辺美里や松田聖子らにも楽曲を提供した。2008年に渡米し、ジャズピアニストとして活動している。ニューズウィークでの連載は今作で23回目となる。
かれこれ2年近くなる人類と新型コロナの戦い。多数の死者を出した欧米は国を挙げてワクチン接種に取り組み、いいところまでいきながら、行動制限の緩和と感染再拡大を繰り返している。一進一退の状況の下、感染を抑えながら経済をどう回すかが各国共通の課題である。ワクチンパスポートはそんな試みのひとつ。日本でも年内をめどに、飲食店での飲酒や国内旅行の「許可証」として、デジタル化のうえ導入が検討されている。
大江さんの報告は、現地の最新事情を知るうえで有益だ。ファクトだけなら日々のニュースで知ることができるが、住民の本音と建前はその社会に飛び込まなければ見えづらい。ニューヨーカーたちが差別を戒めながら、実は未接種者が交じる社会を嫌がっているという観察は、外からではうかがい知れないものだ。
強い副反応を経験したにもかかわらず、3回目を「もちろん打つだろう」と言い、ワクチン証明を急いでデジタル化する大江さん。あらぬトラブルへの不安と、社会からのプレッシャーを窺わせる。「自由の街」NYでさえそうなのだ。もともと同調圧力が強い日本でどんな分断が起きるのか、東京の足元から聴こえる「音」に耳を澄ませたい。
冨永 格