病床2600を急造
こうした「臨時の医療施設」で、だれもが思い出すのが、中国・武漢につくられた「野戦病院」だ。
朝日新聞によると、コロナ発生直後の昨年2月、工期10日ほどの「超突貫工事」で約1000床の急増医療施設「火神山医院」が完成、人民解放軍に引き渡された。病院の面積は2.5万平方メートルと東京ドームの半分程度。工場であらかじめつくった部品を組み立てるプレハブ建築だった。
同市内では同じころ「雷神山医院」(病床数約1600)もつくられ、二つの新設病院の病床数は計約2600。感染拡大を防止した。
これらの病院建設の背景については、『コロナ後の世界は中国一強か』(花伝社、20年7月刊)が詳しい。著者の矢吹晋さんは横浜市立大名誉教授。中国問題の専門家だ。
矢吹さんによると、野戦病院には、全国から4万2000人の医療スタッフが動員された。うち3000人が人民解放軍の防疫部隊に属する要員だったという。「事前に用意されたマニュアルなしにはとうてい不可能な突貫工事と動員であり、中国軍の生物兵器作戦に対する警戒心の一端が知られる」と説明している。
同書によると、武漢郊外では2014年から15年にかけて、旧日本軍が遺棄した化学兵器の廃棄作業が行われていた。『陸軍登戸研究所〈秘密戦〉の世界――風船爆弾・生物兵器・偽札を探る』(明治大学出版会)によると、戦前、日本軍の細菌戦の実験は中国湖南省洞庭湖の西側で行われていたという。