心が折れる 金田一秀穂さんは透ける自己愛が「気持ち悪い」と

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発信者の甘えが

   スポーツ選手や芸能人が多用する「はい、心が折れかけました」といった表現は、ひとつの流行り言葉のようなもの。全部が全部「ヒロイックな自己愛」の発露ではなかろう。しかし金田一さんが覚える「気持ち悪さ」は理解できる。

   「折る」という動詞には、修復不能に近い語感がある。ポキリと折れる心について、筆者は「美しく直立して、細く高く、硬度が高くて、壊れやすい」と、ガラス棒のイメージを重ねている。「以前なら、がっかりしたとか、やる気をなくしたとでも言うところ」を、あえて深刻な表現で伝える性根に、発信者の「甘え」が見えてしまうのだ。

   これに対し、コロナで四苦八苦の飲食店主が使う「もう心が折れそうですよ」は、より共感を呼ぶ。いつ終わるとも知れないコロナ禍。解除と発動を繰り返す緊急事態宣言に、商いと生活が翻弄されていることを皆が知っているからである。

   このように、使う「資格」が問われる言葉というものがある。そもそも成長過程で実力が定まらない少年野球の選手に、スランプという言葉は不似合いだ。スランプは、アスリートに限らず一流どころだけに許される「不調」の最上級表現である。

   本作で連載55回となる金田一さんのコラムは、気になる言葉をプロの視点から批評する。当「遊牧民」でもこれまで「乾物屋」「肉肉しい」「スピード感」の回を使わせてもらった。いずれも日本語愛にあふれた、鋭い指摘が満載だった。

   今作からは、表現を盛ることなかれという教訓をいただいた。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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