日本の高校から、いきなり米国の名門大学院に合格した18歳が話題になっている。広域通信制のつくば開成高校出身の金子生弥さん。進学先は、カリフォルニア工科大学大学院。米国ではマサチューセッツ工科大学(MIT)と並び称される理系の難関校として知られる。学年を飛び越す「飛び級」ではなく、大学自体を飛び越してしまったところが驚異的だ。将来は数学の専門的な研究を続けたいという。
独学で数学を学ぶ
金子さんの偉業を伝えたのは2021年6月27日の朝日新聞「ひと」欄だ。
同紙によると、金子さんは中学2年の夏、朝起きて急に数学を学びたくなり、茨城県つくば市の自宅近くの本屋に出かけた。最初は小説「数学ガール」シリーズを全巻読んだが、簡単すぎた。独学で数論の入門書を読破し、中3の秋には早くも論文を発表したという。
研究時間を捻出するため、通信制高校へ。孫正義育英財団や海外大進学塾「ルートH」の支援を受けて昨冬、カリフォルニア工科大学大学院に挑んだ。有名なスタンフォード大、エール大の学部にも合格した。大学院では数学の超難問「リンデレーフ予想」の解明をめざすという。日本の受験システムとは距離を置き、ひたすら数学に取り組んでいた異能少年の姿が浮かび上がる。
さっそくネットでは、「本物の天才ですね」「理数系の人材を尊重するべき」「将来のフィールズ賞受賞も期待できる」などのコメントが並んだ。
事情通からは、「カリフォルニア工科大学に入るだけでも大変なのに、院に飛び級とは」という驚嘆のコメントもあった。
朝日新聞の「ひと」欄では5月22日、京都大学医学部医学科に高2から飛び級で入学した林璃菜子さんが紹介されたばかりだ。
200人超を育英支援
金子さんの経歴で注目すべきは、孫正義育英財団の支援を受けているということだ。同財団は2016年設立。代表理事は孫正義・ソフトバンクグループ代表、副代表理事は山中伸弥・京都大学iPS細胞研究所所長。
財団は「高い志と異能を持つ若者を財団生として認定し、才能を開花し、未来を創る人材として羽ばたくための様々な支援を提供します」とうたっている。具体的には、財団生を選抜して支援金を給付し、全財団生が利用できる交流施設なども用意している。
給付された支援金には、原則として返済の義務はない。支援金給付者の進路、その他一切については、本人の自由だという。以下のような支援例が記されている。
・新しいテクノロジーの研究・開発費用の一部もしくは全額支援
・起業や社会活動に関わる準備費用の一部もしくは全額支援
・留学や進学費用の一部もしくは全額支援
財団のウェブサイトを見ると、財団生は4期生までおり219人。最年少は9歳、最年長は29歳。10歳未満が3人(1%)、10代が80人(37%)、20代が136人(62%)。日本人以外の名前も見受けられる。日本を軸にアジアの「神童」「異能」たちを支援するのが狙いのようだ。
海外で学ぶ「神童」中高生も目立つ
金子さんは3期生。すでに17年から国際研究集会、日本数学会などで研究発表、18年から米国数学会、日本数学会の会員になっている。財団のサイトで自身の現状や将来について以下のように記している。
「解析的整数論、保型形式、表現論など広い分野の話題に興味があります。現在は国内外の数学者と共同研究をしており、subconvexity、L-関数のモーメント理論、素測地線定理、数論的量子カオス、スペクトル和公式、素数分布、深Riemann予想などを研究しています。将来的に自分の研究がequidistributionや素数に関する謎の解明につながればと思っています。目標はRiemann予想やそれの関連問題に進展をもたらすことで,それに向け今後も周辺分野の知識を身に付けたいと思います。独創的な方法論や多くの人にとって有益な研究成果を生み出し,新しい分野を開拓したいと思います」
サイトには他の財団生のプロフィールも掲載されている。活動ぶりは、定期的に朝日中高生新聞のシリーズ「異能日記」で紹介されている。
・Harvard-Westlake School 10年生 下條研輔さん 「動物の再生能力を研究」
・Manai International School 中学1年 服部圭太さん 「知識生かし社会貢献したい」
・Westminster School Year13 安藤万留さん 「画期的な医療装置の開発へ」
海外で学んでいる10代の名前が次々と登場する。みな勉強意欲が半端ではない。日本の「神童」を取り巻く環境が激変しつつあることが実感できる。
「蹴られる東大」
数学の超難問といわれる「ABC予想」を証明した京都大学数理解析研究所の望月新一教授は米国育ち。プリンストン大学に16歳で入学、19歳で卒業している。
今年の新書大賞を受賞したベストセラー『人新世の「資本論」』(集英社)の著者、斎藤幸平・大阪市立大学大学院経済学研究科准教授は34歳。日本の高校から東京大学理IIにも合格したが、米国の大学を選び、さらにベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程で学んでいる。10代から海外で学んだ研究者が目立つようになっている。
世界の教育事情に詳しい苅谷剛彦・オックスフォード大学教授と、吉見俊哉・東京大学大学院情報学環教授の対談『大学はもう死んでいる? トップユニバーシティーからの問題提起』(集英社新書)は、立ち遅れが指摘される日本の大学の現実を正直に伝える。
「過去30年間、日本の大学は、英米のトップユニバーシティーとの差を縮めようとさまざまな教育改革をしてきましたが、その差は縮まるどころかむしろ開いたのではないかということです」と吉見氏。「まったく同感です」と苅谷氏。
同書によると、最近、東大を「滑り止め」にする受験生が少しずつ増えている。「第一志望」はハーバードやプリンストン、イエール、オックスフォードなど英米のトップ大学。「東大新聞」は彼らにインタビューした「蹴られる東大」というシリーズを連載していたそうだ。そこでは、「東大受験はアメリカの大学受験を許可してもらうよう親を説得するための条件だった」「アメリカの大学では、全落ちの可能性もあったため、浪人を避ける意味合いもあって、東大を滑り止めとして受けた」などという発言も掲載されていたという。