京都大学医学部に今春、「飛び級」で入学した学生がいることが話題になっている。愛知県出身の林璃菜子さん。将来は研究医になり、「今は治せない病気の治療法を見つけたい」という。
長引く新型コロナウイルスとの闘いで、対応の遅れが指摘される日本にとって、大いに元気づけられるニュースだ。
受験ワールドの超秀才として有名
林さんの快挙を報じたのは2021年5月22日の朝日新聞朝刊「ひと」欄。林さんは、国際化学オリンピック日本代表としてメダルを獲得するなど、数々の大会で優秀な成績を収めており、「特色入試」として同学部が2016年度入学の試験から設けた資格を満たしたという。同紙の取材に林さんは、「ノーベル賞受賞者が多く、医学の研究が強いイメージ」の京大で、研究医になることをめざす、と語っている。「今は治せない病気の治療法を見つけたい」とも。
京大医学部は、東大医学部と並んで大学受験ワールドの最難関。そこに現役合格するだけでも大変なのに、飛び級ということで、記事が公開されると衝撃が走った。
「真の天才型」「こういう人の支援を文部科学省はどんどんすべきです」など1700以上のコメントが付いた。
林さんは以前から受験ワールドの超秀才として有名だったようだ。インターネットでは「高1で東大理III(医学部)A判定」「数学、物理、生物、地学でオリンピック級、あと地理もオリンピック級」「英検も1級」「囲碁部員として全国高校囲碁大会で準優勝」などの情報が溢れた。「飛び級で京大医学部に受かった人がいると聞いて、彼女だと思った」というような書き込みも、多数あった。
飛び級制度入学制度を設けている大学はいくつかあるが、難関大学・学部ではほとんどない。それだけに林さんの偉業が注目されることになった。
外国では珍しくない
戦後世代にはまだなじみの薄い「飛び級」だが、戦前は制度として存在した。教育ジャーナリストの小林哲夫さんの著書『神童は大人になってどうなったのか』(太田出版)によると、1917年の教育改革で誕生。小学校5年から旧制中学へ(5修)、旧制中学4年から旧制高校に入学できる(4修)というシステムだ。当時の小学校は6年制、旧制中学は5年制だった。
小学校と旧制中学の両方で飛び級を果たした神童に、文化勲章を受章した刑法学者、団藤重光がいる。同級生より2歳年下だった。思春期に同級生と年齢が違いすぎたので、高校に入ると、「自分っていったい何だろうという、いわば精神的煩悶のとりこになってしまった」と自著で回顧していたという。
のちの人類学者、梅棹忠夫は15歳10か月で旧制高校に入った。2浪の同級生から「こんな子どもと一緒に勉強するのは情けない」と言われたそうだ。
飛び級は外国では珍しくない。日本文学研究者のドナルド・キーンもその一人。『ドナルド・キーン自伝 』(中公文庫)によると、小中高を通じて常に一番。飛び級をくり返し、16歳でコロンビア大学に入学した。暗記力が抜群で、数学も得意。ノーベル賞受賞者を輩出している高校に在籍していたが、数学の天才と言われた同級生よりも成績が良かった。語学は、8、9か国語は勉強したという。
山中、望月、そして林さん
『神童は大人になってどうなったのか』には多数の神童が登場する。その中で近年最高の神童と思われるのは、岡田康志さん。「神童ワールド」では知る人ぞ知る有名人だ。1968年生まれ。灘中学2年生のときに『大学への数学』に成績優秀者として掲載された。中3のときには駿台予備校の東大実戦模試で理III合格A判定。その後、同模試で高1のときに2番、高2で1番。
当時の雑誌取材で、灘高の教師が語っている。「教員生活40年になりますが、彼のような生徒に出会ったのは初めてです」。現在は分子生物学者。東大教授・理化学研究所生命システム研究センターのチームリーダーをしているようだ。
林さんが学ぶ京大医学部には、ノーベル賞の山中伸弥・iPS細胞研究所所長がいる。目の前にノーベル賞受賞者がいるというのは大きな魅力だ。加えて京大にはもう一人、ノーベル賞級の「天才」がいる。数学の超難問といわれる「ABC予想」を証明した京都大学数理解析研究所の望月新一教授だ。米国で育ち、プリンストン大学に16歳で入学、19歳で卒業している。
キャンパスの一角で、林さん、山中さん、望月さんが談笑するような機会があるかもしれない。林さんにとっては極めてスリリングな時間となることだろう。そこからどんなインスピレーションが生まれるか。日本の閉塞状況を打破し、世界に貢献できるような発見、発明を期待したい。
ちょうど政府の教育再生実行会議(座長・鎌田薫前早大総長)も6月3日、新型コロナウイルスを踏まえた教育のあり方を提言、大学への「飛び入学」などの支援を菅義偉首相に求めている。