じゃがいも愛 植野広生さんがつまんだそれはジャズのリズムのよう

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   dancyu 6月号の特集「じゃがいも愛」に、編集人の植野広生さんが「ジャズとポテト」と題した短文を寄せている。生演奏を聴かせながらジャズクラブが供する、ある長寿メニューへの賛歌である。

   話は東京・南青山のレストラン「ブルーノート東京」から始まる。1988年秋、現在地からやや離れた場所に、もっと小さな規模でオープンした有名店だ。

「東京にもジャズクラブは点在していたが、海外の大物ミュージシャンはホールライブが当たり前で、だから、飲み食いしながら本物の音楽が聴けるなど夢のようだった」

   植野さんは店の初期から常連だったようだ。1時間足らずのライブの間に1人でワイン1本を空け、酔った勢いで楽屋に戻る出演者らに話しかけることも。料理のメニューはフレンチを軸に色々あったが、つまみは名物「スウィンギン・ポテト」に止めを刺した。

「クルクルとスウィングした形のフライドポテトだ。大きな器に山盛りでドーンと出てきて驚いた。でも、これをつまみながらビールやワインを飲むと本場のジャズクラブにいるような気分になったし、そんな自分をちょっと格好いいと思っていた」

   移動後の店は300席近い大箱となり、メニューも変わった。ポテトも往時より小さな器にお洒落に盛られるようになったが、定番メニューの地位は揺るがない。

  • ジャズとポテトの相性は悪くない
    ジャズとポテトの相性は悪くない
  • ジャズとポテトの相性は悪くない

料理を超えたリズム

「もはや料理ではなく、この空間を楽しむためのリズムになっている...これをつまむことでライブ前の高揚が加速され、演奏中には感動が増幅され、ライブが終わった後も、器に残ったポテトの端っこ(ちょっと香ばしい)を拾いながら余韻に浸るのだ」

   店のシェフによると、メニュー刷新時に外されかけたこともあった。しかし長く愛されているものを残すことも大切だと。スウィンギン・ポテトは特別な存在だった。

「そうなんです。単なる名物ではなくて、音楽とともにある必要なリズムなんです。シンプルなフライドポテトが、音楽と一緒にこんなに長く愛されるなんて素敵なことだと思う」

   スウィングとは「ジャズ演奏における躍動的調子やリズム感(広辞苑)」である。もとは1930年代にベニー・グッドマン(1909-1986)らがビッグバンドで流行させた演奏スタイルで、躍動的なリズムで、即興とは対極にある「踊れる音楽」でもあった。

   ジャズクラブの名物メニューは、リズミカルにらせんを描く形状が名の由来らしい。店に相応しいネーミングではないか。

「スウィングとはジャズのスタイルであり、ノリであり、ジャズそのものを指す言葉でもある。スウィンギン・ポテトもこの空間でジャズを楽しむこと、そのものなのかもしれない」

脇役の心得

   映画を観ながら、ポップコーンを「味わう」客はまずいない。ジャズクラブの料理も同様で、いたずらに個性を主張せず、シンプルな裏方に徹しつつ客の腹を満たし、演奏や歌声を引き立てる役回りだ。普通のレストランに流れるBGMは、ムード作りや食欲増進の脇役だが、ジャズクラブでは音と味、耳と舌の主従が逆になる。とはいえ飲食の場でもあるので、脇役を言い訳に手抜きは許されない。美味しく安くと、お客は容赦ない。

   ジャズ演奏とフライドポテト。言われてみれば素敵な相性なのかもしれない。ディップをつけながら食すポテトは、ほとんどの客にとって「想定内」の味であり、しばし味覚に邪魔されず、全神経を聴覚に集中させることができる。クルクルと楽しく、軽い食感もステージのパフォーマンスを引き立てるのだろう。

   植野さんによると「音楽のジャンルや演者のスタイルに関係なく」そういうことが言えるそうなので、まさにライブハウス向きの一品である。

   こうした読み物は、それを食べたい気分にさせたら筆者の勝ち、自作しても食したいと思う読者がいたら圧勝といえる。私はもともと、イモ感が残る大ぶりなフリットが好きなのだが、一読してカリカリに揚げたものをつまみたくなった。

   さて、古いレコードでも引っ張り出すか。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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