新型コロナウイルスのワクチン争奪戦が激しくなっている。先進国と途上国だけでなく、先進国内部でも亀裂が生じている。英米とEU(欧州連合)の対立報道で、よく見かけるのが、「ウルズラ・フォンデアライエン」という風変わりな名前だ。EUの政策執行機関、欧州委員会委員長。女性初の欧州委員長だという。どんな人なのか。
EUは「世界の薬局」
名前を聞いただけではピンとこない人が多いかもしれない。最近、テレビの欧州関係のニュース映像で時折登場する、やや小柄で品のよさそうな女性だ。
2020年末のフォーブス「世界で最も影響力のある女性」ランキングによると、メルケル独首相、クリスティーヌ・ラガルドECB総裁、カマラ・ハリス(次期米副大統領=当時)に次いで4位に入っている。日本での知名度はまだ高くないが、世界的には有名人だ。
各種報道によると、フランスのマクロン大統領は2021年5月7日、「アングロサクソンが多くのワクチンや原料を封じ込めている」と英米を批判した。読売新聞によると、欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長も8日、「自国内で多くのワクチンを製造する国々はワクチンを世界と共有すべきだ」と述べたという。
朝日新聞も10日、この騒動を伝えた。EUは接種ペースで米英に遅れても、圏内で生産されたワクチンの半分を輸出、「我々は世界の薬局」(フォンデアライエン欧州委員長)だという同氏の発言を報じている。
共同開発や海外生産も
新型コロナウイルスのワクチン開発では、米国ファイザー、モデルナ、J&J、英国アストラゼネカ、独のビオンテックなどが知られている。最近では、中国のシノファームもWHO(世界保健機関)の承認を得たと報じられているが、基本的には英米独などが先行している。
これらワクチンの中には、二国間で共同開発したものや、実際の生産拠点が自国外のものもあり、事態を複雑にしている。
例えば、米ファイザーと独ビオンテックが共同開発したワクチンの工場はベルギーのプールス市にある。両社の工場はドイツにもあり、英アストラゼネカはオランダの工場でも生産を始める。
EUを代表し、ワクチン政策を指揮するのがフォンデアライエン欧州委員長だ。「7月までにEU成人の人口の7割が接種できるワクチンを確保」することを目指すとともに、「ワクチンを世界で共有」というスタンスを明確にしている。ウルズラ・フォン・デア・ライエンと表記されることもある。
専門家としての自負
駐日欧州連合代表部の公式ウェブマガジンによると、同氏は1958年10月8日、ベルギー・ブリュッセル生まれ。1990年ドイツのキリスト教民主同盟(CDU)入党。2003~05年ニーダーザクセン州で社会・女性・家族・健康相を務めた後、05~09年同国の家族・高齢者・婦人・青少年相、09~13年労働・社会相、13~19年国防相を歴任。
19年12月、EU史上初の女性委員長に。24年10月31日までの約5年間、EU運営の重責を担う、とある。
国防相に就任した当時、毎日新聞が同氏の横顔を報じている。「ドイツ国防相に初の女性『スーパーママ』」という見出し。それによると、7人の子供を持ち、医師の資格もあることから、メディアから「スーパーママ」と評されている。3期連続の入閣。メルケル氏の有力な「首相後継候補」(南ドイツ新聞)という見方があることも紹介している。英語とフランス語が堪能で夫も医師だという。
6年間も国防相を担当していたというから、メルケル氏の信任が厚いようだ。
フォンデアライエン氏のワクチンに関する明確なスタンスや発言は、こうした政治家としてキャリアに加えて、子育ての経験と、医療専門家としての自負に基づくものと言えるかもしれない。