転んでもタダでは
このエッセイのタイトルは「パンツがえらいことになりまして...」である。ファンは読む前から期待を高めるほかない。コンビニでの品選びからトイレ着替えに至るクライマックスは、おとぼけあり、自虐ありの室井ワールド。男物のトランクスを隠そうとTシャツを穿く場面は、個室での行為とはいえ鬼気迫るものがある。人間、困ったときはとんでもないことを思いつくものだ。それを丸ごと書いてしまう豪胆も彼女らしい。
身辺雑記のコラムを連載していると、つい「書ける材料」を探して生活することになる。私の場合、あまり強そうでない男が絡んでくるとか、外国人に道を聞かれるとか、手ごろなハプニングが我が身に降りかかって来ないかという、淡い期待を常に抱えていた。
いつだったか、新橋で立ち食いそばをすすっていたら突然電気が消えた。昼間だから店内が薄暗くなっただけだが、巨大な炊飯器二つをオフにし、店頭の券売機を素早く立ち上げた店長の行動が印象的だった。電源が落ちた場合、復旧には優先順位があるらしい。この体験、2011年の震災後、節電や計画停電についてのコラムに使った。
室井さんはずっと自然体だろうが、トイレで着替えつつ、あるいはコーヒーでひと息つきながら、どう書けるかを考えていたのではないか。
転んでもタダでは起きない。ライターという仕事の性(さが)である。
冨永 格