■『格差と分断のアメリカ』(著 西山隆行 東京堂出版)
本書は米国政治を専門とする我が国の政治学者による、米国の政治と社会の実情についての入門書である。驚きの連続だったトランプ大統領の時代を経て、世界はバイデン大統領のもとでの米国の出方を固唾をのんで見守っている。中国の台頭の著しいなかにあって、米国の経済、政治、社会が持続可能で魅力的なものでありつづけることは、世界秩序の在り方を考える上で極めて重要であり、このことは我が国の運命を左右するものでもある。
日本の常識では計りきれない米国
本書は9つの章からなり、それぞれが、「大統領」「宗教」「多民族国家」「自由と暴力」「合衆国(連邦制)」「選挙」「二大政党」「メディア」「格差と分断」という切り口から、我が国では常識とされている事柄から離れた規範が、米国では当たり前となっていることを簡潔に描き出している。その際、米国の歴史的背景から説き起こすことで、読者の米国への理解に深みを加えることに配慮している。
例えば、世俗化の進んだ我が国からみると、宗教的見解が政治に大きな影響を及ぼす米国の状況は理解しにいくところがある。標準的な見解は、近代化に伴って宗教の影響は後退するというものであり、我々日本人はその見解をごく自然なものとして受け入れているだろう。しかしながら、米国では、進化論の学校教育、人口妊娠中絶、同性婚の問題などが、宗教上の見解と密接に絡まりながら大きな政治問題となり、時には外交政策までも動かしていく。人種問題については、重罪による収監者や元収監者から選挙権をはく奪する州が少なくなく、結果的に黒人の13人の1人が選挙権を持たないことが紹介されている。この事実は知らないのであれば、読者には衝撃の事実であろう。
メディアについては、公正中立を掲げるフェアネス・ドクトリンの導入と廃止に至る経緯とその影響は、我が国のメディアの在り方を考える上でも示唆的である。オピニオンを伝える媒体と化したメディアというものは、その一歩手前で踏みとどまっている我が国のメディアの状況とはだいぶ異なっている。
本書は入門書として書かれており、これで米国のすべてが理解できるわけではないと思うが、我が国の読者にとってよき道しるべとなることは間違いない。
経済官庁 Repugnant Conclusion