週刊ポスト(2月26日号)の「ジタバタしない」で、医師の鎌田實さんが「ファンを大切にする企業はコロナ禍に強い」と題して書いている。固い常連に支えられる店、利用者や地域社会に信頼される病院など、実話に基づくエピソードには説得力がある。
先ごろ大阪のラジオ特番で出会った広告ディレクター、佐藤尚之さんの話から本作は始まる。人口減の日本でビジネスを続けるには、中長期の視点で企業や商品を愛してくれる人を大切にすべし、という「ファンベース」思考の提唱者である。
「たとえば、人通りの多い所にある店は、コロナで人通りが減ると、お客がパタッと止まってしまう。それに対し、住宅街で隠れるようにしてやっていた名店には、相変わらずお客が入ってきている。ファンがついているからだと佐藤さんは言う」
行きつけの店が困っていれば、応援したくなるのが人情だ。営業時間が短縮されても、持ち帰りのみになっても、その味、あのサービスを求める固定客が放っておかない。新規客で回す店より、なじみを大事にする店のほうがピンチに強いという理屈だ。
佐藤さんも、実は鎌田さんに会いたかったらしい。累積赤字4億円の諏訪中央病院を立て直した筆者の手法こそ「ファンベース」だと、注目していたという。
鎌田さんが赴任した46年前、諏訪中央は「患者が来ない病院」だった。その一方で、周辺地域では脳卒中が多発し、救急搬送の受け入れは多かった。鎌田さんは信頼を得るため、年80回は地域に出向き、院外での健康づくり運動を始める。
「地域が健康になれば、病院に来る患者はさらに減ってしまう。けれど、地域の人のことを考えれば、予防が一番と考えたのだ」。病院は訪問看護やデイケアでも先駆となり、「あそこは最後まで面倒を見てくれる」という口コミが広がった。すると...
「医師や看護師も全国から集まるようになった。働く人も、病院を利用する人も、ファンができると強くなる.佐藤さんと話しながら、そんな感じがした」
客2割で売上高の8割
鎌田さんは、東日本大震災から立ち直った北洋舎クリーニング(本社・福島県南相馬市)にも触れる。震災前、「早くて安い」全国チェーンを相手に苦戦していたが、震災でチェーン店の多くは撤退した。北洋舎は一人も辞めさせず、学齢期の子がいる社員の勤務シフトを工夫するなどの改革を進め、撤退店の従業員も抱えた。代表取締役の高橋美加子さんは、子どもたちのための環境改善や文化活動を通して地域に貢献している。
「長く続く不景気に、コロナ禍が加わった今、厳しい状況を乗り越えるのは、こうしたファンを多く持ち、地域から信頼される企業だと思う」
佐藤さんが唱える「ファンベース」の根拠の一つは、〈上位のファン20%が売り上げの80%を支えている〉という、イタリアの経済学者パレートの法則だという。「20対80」の話は〈働きアリの20%が80%の食料を集めてくる〉などと使われる。よく働くアリ、普通に働くアリ、働かないアリの割合は常に「2対6対2」で、働くアリだけを集めても、その中からサボるアリが必ず20%出てくる、というアレだ。
働きづめのアリが疲れ切った時こそ、普段ぶらぶらしている彼らの出番らしい。
「2対8」にこだわりすぎると本質を見誤るが、固いファンだけでは支えきれない場合、客のすそ野の広さが問われるということかもしれない。
「人生でがんばるのは、ここぞというときの20%でいい。あとの80%は自由に楽しめばいいのだ。どちらが大事かという問題ではない。この質の違う20%と80%をどう振り分けていくか、二八そばでもすすりながら、考えてみたい」
ホンモノまでが呑み込まれ
不景気のときほど客の数より質がモノをいう。マーケティングでよく言われることだが、コロナ禍という不景気を超えた非常時には、同じ真理がより強くあてはまる。「ファンベース」の活かしどころである。鎌田さんは佐藤さんとの出会いをマクラに振り、実例を並べ、この鉄則を説いている。
コロナは飲食、旅行観光業界を中心に、売り上げ「蒸発」ともいうべき打撃を与えた。「上位のファン」の層が薄く、「通りすがり」への依存度が高い店ほど苦境である。
早いもので、佐藤尚之さんの『ファンベース』(ちくま新書)が売れてから3年がたつ。コロナ禍という極限状況で、この思考が見直される意味は小さくない。
同時にこうも思う。コロナはホンモノとニセモノを峻別する機会には違いないが、地域や常連に長らく愛された営みをも呑み込む規格外の災禍となっている。飲食や宿泊部門を中心に、小さくてもオンリーワンの店がたくさん消えたのは痛恨きわまりない。
この現実と鎌田さんの結論を足し合わせて言えるのは、コロナ後も残る店はかなりの確率で「ファンベース」なんだろう、ということくらいである。
冨永 格