捨てない選択 五木寛之さんは「断捨離」に抗い昭和を抱きしめる

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原稿用紙と万年筆で

   五木さんの随筆を当コラムで引用させてもらうのは5回目。文壇の大御所らしく、作品には老いを楽しむような余裕があり、ふた回り下の私などは読むたびに勇気づけられる。老いゆえの泣き笑いは身体の衰えだけではない。本作でも触れられているが、次々に登場するデジタル機器や、新たな社会システムとの格闘も重いテーマである。

   五木さんはスマホではなく、「通話機」としてガラケーを持つそうだ。それも外出時には携帯せず、普段は電源も切っているという昭和の人。辞書は電子版ではなく分厚い活字版で、パソコンも使わず、原稿はコクヨの四百字詰めに万年筆で書く。

   ご自身は「不自由なことは多いが、それでも生きていくのが困難なほどではない」と意に介さない。頼もしい先輩だが、担当編集者の苦労がしのばれる。

   本作のキーフレーズは「ゴミの山に埋もれていまの時代がある」...貫くのは、文化は不要不急から始まり、ゴミのような記憶の堆積として熟成される、という筆者の思いかもしれない。コロナは人の営みを制約し、社会を窮屈にした。

   五木さんは夜型を朝型に変え、「うしろを向きながら前へ進む」ことで、そんな時代に適応を図る。大切なガラクタを山と抱えたまま。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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