アルバムに込められた「隠れテーマ」とは
林部智史の話を聞いていて、一つだけ意外だったことがあった。
「もういいかい」と「まあだだよ」は。当初から連動したものとしてあったのではなかった。「まあだだよ」の中の二曲「ラスピラズリの涙」と「僕の憧れそして人生」は小椋佳も自分のアルバムで歌っていることや小椋佳のアルバムのタイトルが「もういいかい」というのもアルバム制作中に知ったそうだ。
「まあだだよ」というタイトルや、唯一の彼自身の曲は、そのことを知ってから書き下ろしたものだった。「まあだだよ」という言葉は、世界的な映画監督、黒沢明の遺作のタイトルでもある。タイトル曲「まあだだよ」は、アルバムのボーナストラックに入っているのもそういう理由だった。
こんな歌詞がある。
「わたしにどんな希望を抱き
わたしにどんな夢を見るのか
今全てはわからない
ただあなたに認めてほしくてそれだけで」
これは誰に向けたのだろう、と思った。
自分に曲提供してくれたたシンガーソングライターに対してのものなのだろうか。
その後には確かにこうもある。
「大きな背中を追いかけて
時代(とき)のしおりを探しながら
なたが残した言ノ葉に
寄り添いながら歩みたい」
小椋佳への感謝を込めたアンサーソングのようではあるものの、それだけなのだろうか、と思った。彼は「実は、隠れテーマは父親なんです」と言った。
「小椋さんとは比較にならないんですが、自分の父親も銀行員だったんです。今回、小椋さんとのやりとりは会話も楽譜もなくて歌を通してだけだった。父親とも会話は多くなかったですし。このアルバムは送ってありますけど、いつか気づいてくれればと。あなたを思って書きましたとは言えませんから(笑)。歌だから言えることがあると改めて思いました」
林部智史は、礼文島ホテルで働いている時に友人の強い勧めで歌手になることを決めて上京、アルバイトをしながらオーディションを受け続けた時代がある。礼文島に行く前は沖縄で働いていた。
山形出身の彼が沖縄に行ったのは「故郷から一番遠い所」だったからだ。人生の挫折をめぐる親との確執。「まあだだよ」は、ようやく伝えられた彼の率直な気持ちだったことになる。彼は「父がコンサートを見に来てくれる日が来るといいんですが」とはにかんだように言った。
77歳のシンガーソングライターが音楽人生最後に託した言葉と32歳が父親に伝えられなかった思い。林部智史の「まあだだよ」は、二人にとって「歌だから言えるアルバム」だった。そこに「技術としての歌唱力」はもはや不要だ。
(タケ)