「楽譜の2倍速」で演奏
しかし、現代の多くのピアニストはそのように演奏していません。慣例として、きっちり「楽譜の2倍速」で演奏することがほとんどですし、私もCDや演奏会で、そのように弾いています。
その根拠は、奇跡的に、ドビュッシー自身の「録音」が残っているからなのです。とはいってもエジソンの発明した蝋管式でも、そのあと登場し世界を席巻したアナログレコード方式でもありません。紙に孔を開けることによってピアノの鍵盤を動かす「ピアノロール」という方式でした。初期のアナログレコードのように「編集不可能、一発録り」ではなく、ロールを完成させる時点で「編集された」可能性もわずかながら排除できないのですが、それでも、おそらく、ドビュッシー自身が、自分の楽譜に表記されたテンポと違う速さで弾いていた・・・ほぼ倍速で・・・ということは、音楽の流れから考えてもほぼ間違いない、と現代では断定されています。
なぜ、「沈める寺」の楽譜のある部分が「超絶遅くなる表記」のまま世に出てしまったかは、未だに謎です。単にドビュッシーの勘違いなのか、フランスではよくある手稿譜から印刷譜に変換する時点でのミスなのか、今となってはわかりません。しかし、上記のような経緯で、「楽譜は遅いのだが、世界的な演奏の流れはその2倍速」という珍しい曲となっています。頻繁に演奏される名曲でも、このようなミステリーが存在します。
本田聖嗣