「売るために」有名作曲家の作品と偽る
そして一方、厳密に原典版印刷譜を管理しているはずの出版業者も、著作権的な考え方からほど遠いことを行う場合も多々ありました。
「売れる楽譜」を作るため、たとえば、人気作曲家の作品を「水増し」するために、他の無名作曲家の作品を数楽章だけ紛れ込ませて1曲に仕立て上げたり、楽譜には作曲家の苗字だけしか慣例として記されないため、きょうだいや親子の作品を意図的に紛れ込ませたり、その過程でスペルミスが起こってしまい、まったく別人の作品となったり、またはその逆で無名の作曲家の作品を「売るために」わざと有名作曲家の作品として偽って出版したり・・と、現代の感覚から考えたらあり得ないほど「なんでもあり」の状況が存在したのです。
また、面白いことに、現代でも権利に対して反抗的な雰囲気が強いパリなどでは、「正当な著作権許諾版より海賊版の方が多い」と形容された出版状況も存在したのです。W.A.モーツァルトもパリを訪れたときに、楽譜屋の店頭に父レオポルド・モーツァルトの仏語版ヴァイオリン教則本が置かれているのを見つけて嬉しそうに手紙に記していますが、著作権手続きがちゃんと行われたものなのかは、知る由もありません。
機械やソフトウエアに、どんな小さな楽曲単位でも「著作権違反」を指摘・管理される現代から見れば、なんともおおらかで適当な時代でした。しかし、その中から、「人気作品」が生まれ、「人気作曲家」が誕生し、現代に生き残る「クラシック音楽」を形作ってきたのです。
本田聖嗣