季刊誌「ビール王国」(Vol.29)の「眞鍋かをりの旅先ビール」で、眞鍋さんが冬こそビールと書いている。メディアで活躍するマルチタレントにして、ワインやチーズなど食全般に造詣が深い彼女。専門誌に連載を持つだけに、もちろんビール体験も豊かなのだろう。この号の特集「冬のクラフトビール大全」に、連載の内容を合わせてきた。
「某大手アイスクリームチェーンで年間の売り上げが一番大きいのは、元日なんだそうだ...家族や親戚が集まるお正月に暖かい部屋の中で、こたつに入りながらアイスクリームを食べたいという需要があるのは納得である」
アイスと同様、ビールも冬の室内でこそ美味くなるというロジックだ。冷房の効いた部屋で飲むよりも、暖炉の前で味わうビールのほうが上、という理屈である。
「ビールは冬の食べ物とも相性がいい。お出汁のきいた温かいお鍋や、蟹や牡蠣などの海鮮、グラタンのようなチーズ系の料理にもビールは抜群に合う」
ここから、筆者の冬ビール体験が続く。箱根や草津といった温泉地で体の芯まで温まったあとの雪見ビール。そして京都の嵐山で湯上りに飲んだ抹茶ビールは「喉越しやホップの苦みに、お抹茶のふくよかな香りと柔らかな甘味がよく合っていて、たまらない」と。
眞鍋さんの経験談は国内では収まらない。海外で印象的だったのは、ヨーロッパが大寒波に見舞われた年、ブリュッセルで飲んだベルギービールだという。
ぬるいオルヴァル
「氷のように冷たい石畳を歩いて旧市街や王宮を散策し、休憩のためビアパブに辿り着いた頃には、身体がまるで石膏で固められたかのようにカチカチに...」
店に飛び込んではみたが「この状態でビールか...」と我に返る。しかし暖かい店内で、スポーツ中継を見ながらフライドポテトを食べるうちに体がほぐれ、こんなのもいいなと思い直した...「ポカポカしだした身体に、ぬるめのオルヴァルが沁みるのである」
ここで豆知識。ベルギーは九州よりひと回り小さい国土に100を超す醸造所がある、まさにビール王国。銘柄で数えれば確実に1000以上、1500いくかもしれない。
オルヴァル(Orval)はシメイ(Chimay)などと並ぶトラピスト(修道院)ビールで、大きな分類では上面発酵のエールビールである。アルコール度数は6%強で色は褐色、口が大きく開いた聖杯型のグラスで味わう。
ブリュッセルの夜、眞鍋さんは独りだった。「あのとき飲んだオルヴァルはどんな温かい飲み物よりも、温もりをくれたような気がする」
コロナの冬、街の酒場は世界中どこも「温もり」にはほど遠い状況である。
「いまは気軽に旅行に行ける状況ではないけれど、いつか必ず夜明けはやってくる。また冬に旅先で飲むビールを楽しみにしながら、家や近場でこの時期のビールを楽しもう」
実体験に説得力
「ビール王国」は、隔月刊「ワイン王国」の別冊として年に4回出版される。版元は雑誌名と同じワイン王国。愛飲者のほか、飲食業界で広く読まれているようだ。
この種の雑誌の常で、すべてのコンテンツが多かれ少なかれお酒のPRになっている。ただ、宣伝臭が強すぎると訴求力が高まらないというジレンマがある。内容が読み物として面白く、具体的で説得力があり、かつ読後にビールの好印象がほんのり残る、というバランスが要求される。ここらは筆者というより、編集者の腕の見せ所だ。
「実は冬でもビールが美味い」というテーマは、マーケティング的にはオフシーズンの需要をどう掘り起こすかという狙いだろう。そこを、如何にして魅力的な装いの特集に仕立てるか。のみ込みが早そうな眞鍋さんは、こうした編集側の狙いによくこたえている。
冷え込むブリュッセルでの体験は、ビールの温もりを語るに相応しい。一読してベルギービールを冬に飲んでみたいと思う人は多いだろうし、通販を含め、日本のリビングでそれを実現する手段はいくらでもある。
私もブリュッセル駐在時にあれこれ楽しんだ。ジョッキでグビグビ、プハーというのが日本流なら、かの地では年配女性がカフェのテラスで、新聞を読みながらちびちび飲んでいたりする。乾いた喉を潤すのではなく、そのものを味わうらしい。
「家飲み」主流の冬、個性派ぞろいのベルギービールは、一人二人で静かにやるのに向いている。では、小声で乾杯。
冨永 格