「ネズミの歌」に「蚤の歌」を返す
「蚤の歌」は、ファウストの物語で、もっとも有名な一場面です。ライプツィヒのアウエルバッハの酒場で、怖いものなしの大学生が騒いでいるところに、旅の途中のファウスト博士とメフィストフェレスが現れ、大学生が「ネズミの歌」で挑発し、そのお返しとしてメフィストフェレスが「蚤の歌」を歌います。歌詞の内容は、王様と彼の寵愛を受けている蚤、という奇想天外な内容ですが、文字通り人間が束になってもかなわない悪魔メフィストフェレスのキャラクターを浮き立たせる内容となっています。
孤高の芸術家は多かれ少なかれ「超人的」であったり、「悪魔的」であったりします。ベートーヴェンは、芸術的探求において超人ファウスト的であり、音楽のことを最優先にするあまり、そのためなら、メフィストフェレスに魂を売ってしまいかねないほど、芸術に情熱を傾けました。そして、見事にその成果は「作品」として結実し、後に続く音楽家たちに大きな影響を与えるのです。つまり、ベートーヴェンは、音楽歴史上の「ファウスト」の一人といえましょう。
本田聖嗣