■『中央銀行』(著・白川方明 東洋経済新報社)
前回の評では金融政策についてのベーシックなテキストを取り上げた。今回は金融政策の当事者による証言である。2018年に出た金融政策の当事者による証言を取り上げる。具体的には、前日銀総裁の白川氏が、中央銀行マンとして経験した39年間を書いた758ページもの分厚い書籍である。
自伝的経済史
本書は総裁退任翌日、東京都内の小石川植物園の売店の女性からソフトクリームをご馳走になるという個人的エピソードから書き起こしている。売店の女性が(おそらく当日か前日のテレビでみた)白川氏に気が付いて、「お疲れ様でした」と言ってソフトクリームをご馳走するという、心温まるエピソードである。金融政策は常に大きな関心を集める政策であるが、白川氏の総裁時代ほど金融政策の一挙手一投足に注目が集まった時期はなかったかもしれない。注目のなかには批判的なものが少なくなく、良くも悪くも多難な時期の金融政策の舵取りを担ったことは疑いがない。売店の女性にまで顔を覚えられたのも故なきことではない。
白川氏の総裁時代、常に付きまとったのは、円高への国内の怨嗟の声であった。また、次第に高まったのは、デフレ脱却のために大胆な緩和を求める声である。円高に対しては、金融政策が必ずしも効果的政策手段ではないことを指摘しつつ、時々の金融政策の決定に際しては、円高阻止を意識した判断を行わざるを得ないところに、白川総裁の姿には苦渋がにじみでている。大胆な金融政策については、長期の大幅の金融緩和がいずれに金融・経済を不安定化させるのではないかと自問自答を繰り返す。この懸念は日本のバブルの経験に根差しているし、その後、リーマンショックを経ることでより強い確信へと変わっていったようである。そして、総裁任期の進むにつれ、意識されてくることは、金融政策が財政政策に従属してはならないという中央銀行マンとしての最後の一線のことである。
バブルへの懸念は、コロナ禍を踏まえた金融緩和によって、一層深く、広く潜在するリスクとなっきたとの見解は少なくない。金融政策の財政従属という問題は、白川氏の在任時と比べても問題は一段と意識されるようになった。本書は総裁時代以前の下積み時代を含めた39年の記録である。ひとりの中央銀行マンの生涯とその仕事を通じ、日本経済、金融の歴史と時々の諸課題について、(白川氏という視点を介して)見聞し、理解をするのに格好の書である。
経済官庁 Repugnant Conclusion