コロナ愛国 苅谷剛彦さんは内向きの視線がナショナリズムの源とみる

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   週刊東洋経済(1月9日号)の「経済を見る眼」で、英オックスフォード大学教授の苅谷剛彦さんがコロナ禍とナショナリズムの関わりを論考している。日本最古の経済誌、その巻頭コラムは経済学者やエコノミストらが交代で筆を執る。

   「新型コロナウイルスの感染拡大は、私たちの意識に大きな影響を残しそうだ。その1つがナショナリズムの喚起である」...こう書き起こした筆者は、国境封鎖や入国管理の強化を挙げて「各国が国境によって囲まれた自国民を守ることで...国境の意味が先鋭化した」と説く。感染者数や死者数など、新たなデータによる国際比較も「コロナ対応の成績表」であるかのように、各国の競争心を煽る。

「政府の対応策の評価という意味づけだけではない。そこに『国民性』を読み込み、それによって自国民を評価(賛美)するような言説も広まった。曰く...」
〈日本人は○○人に比べ、衛生観念や健康意識が高い〉
〈他人の視線に敏感だからマスクの着用率が高い〉
〈罰則付きの法律で規制しなくても自粛で対応できる〉
「...感染の影響の違いを国民性に還元する見方である。それを肯定的に行うことで国民性の優越感に結び付ける。ナショナリズムの昂進である」
  • 日々更新される各国の「成績表」=朝日新聞から
    日々更新される各国の「成績表」=朝日新聞から
  • 日々更新される各国の「成績表」=朝日新聞から

疑似鎖国がもたらすもの

   空港など、出入国の現場にもナショナリズムが渦巻く。日本人か外国人か、外国人でも感染が深刻な国か、そうでもない国か。各人が携えた旅券によって対応は露骨に変わる。

   さらには「国を挙げ、国民一丸で危機を乗り越えねばならない」といった勇ましい発言も容易に受け入れられる状況となった。古今東西、ナショナリズムは国民を統合、動員するために使われてきたが、今回の戦いの相手はウイルスであり、敵国が存在するわけではない。ここが従来の「出番」との大きな違いである。

「外にも目は行くが、どちらかといえば内向きの視線が強い。それぞれが自国のことだけで精いっぱいということもあるが、国境を閉ざし自国民を守るという疑似鎖国状態が、視線を内向きにする。グローバル化が社会の分断を生み、それへの弥縫策としてナショナリズムが喚起されるという従来のあり方とは異なる」

   グローバル化の産物でもあるパンデミックが、グローバル化に急ブレーキをかける皮肉。「疑似鎖国」の経験から芽生えるナショナリズムとはどんなもので、コロナ後の世界にいかなる影響を残すのか...苅谷さんは自問する。

「コロナ禍以前にすでに進行していた自国優先の意識がさらに広まり強まるのか。あるいは地球的な危機への対応を経て、自国優先意識は弱まり協調意識が生まれるのか」

   正反対の予測を並記した筆者は、やや悲観的な結論へと着地する。

「ワクチンをめぐり、先進国の間だけで自国優先の競争が生じていることを見る限り、楽観はできない」

領土内の居心地

   苅谷さんは経済学者ではなく、教育格差の研究で知られる社会学者だ。コロナ絡みでは昨年、一斉休校を機に検討された「9月入学」についての発言も多かった。

   コロナ禍のもと、各国でナショナリズムが高まる傾向にある、という考察自体は目新しいものではない。とはいえ筆者は、短いコラムの中でその理由を分析し、従来との違いを解説し、今後の展開を予測する。要点が手際よくまとめられ、収まりがいい。経済誌のコラムだけに表現は少し硬いが、それでも学者の文章としてはこなれている。

   感染拡大を防ぐために国境を閉ざす→視線が内向きになりナショナリズムが高まる...このロジックは分かりやすい。国内の矛盾や難題から目をそらす従来型のナショナリズムは、外敵を作って国民の結束を訴えるのが常道で、今回は趣が異なる。

   本来ならハリウッド映画のように、地球的危機には人類が結束して立ち向かうべきだが、見えない敵を相手に、各国はそれぞれの領土内、それも都市部を中心に局地戦を続けている。ハリウッド映画ならリーダーシップをとるであろう米国大統領が、不幸にも「自国第一」の人物だった巡り合わせで、小さなナショナリズムが世界に拡散した格好だ。

   領土内の居心地を競う人類。ウイルスは「知ったことか」と国境を越える。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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