タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」
その年がどんな年だったかを象徴する曲という意味では、こんなに分かりやすい例はないのではないだろうか。
YOASOBIの「夜に駆ける」と瑛人の「香水」である。もちろん社会現象にもなったLisaの「炎」も加えなければいけないのだろうが、その時は当然のように「鬼滅」のヒットという背景にも触れざるをえなくなるわけで、音楽の話だけに収まりそうもない。
2020年がどんな年だったか。
「夜に駆ける」と「香水」は、それぞれ対照的でありながら明快な共通点を持っている。
投稿動画が1億回再生、
何が共通しているのか。
ひとつは、「紅白」に出場した時に語られたことではあるのだが、「CD」という形態を通過していないことがある。
YOASOBIの「夜に駆ける」は、2019年12月に出たデビューシングル。配信だけという発売だった。その後も2020年に出た5曲全てが配信で、1月6日に出たアルバム「THE BOOK」が初のCDだった。
瑛人もそうだ。2019年4月のデビュー曲の「香水」は配信のみ。その後に出た5曲も配信、1月1日に出たアルバム「すっからかん」が初のCDとなった。最初のCDがデビューアルバムという二組である。
更に共通していたのは「ライブ」のキャリアがないことだった。そして、「再生回数1億回」という反響があったこともだ。
2020年が史上どんな年とも違っていたのは「ライブ」が出来なかったことだ。
アマチュアかプロかを問わず、従来の音楽の伝え方の基本は「ライブ」というのが常道となっていた。
見る側にとっては、まずライブを見に行って確かめる。どんなライブをするかで、その人の可能性や将来性の一端を見つけようとする。やる側にすれば、ライブで自分たちを知ってもらうことからスタートする。
そういう機会が失われた。つまり新人にとって「ライブ」という場が登竜門ではなくなってしまった。必要がなくなった、と言ってもいいかもしれない。デビュー前にもかかわらずライブではすでにこれだけ動員している、インディーズでのCDがこれだけ売れている、というセールストークが不要になった。
代わりに投稿動画が力を発揮した。海のものとも山のものとも思えない新人のライブを見に行くほどの音楽ファンではなくても簡単に接することが出来る。良いと思えば何度でも再生して聞くことも見ることもできる。しかも無料である。
そうした直接的な関係が史上最も大きな影響力を持った年が2020年だった。
従来の音楽活動の二つの柱だった「CD」と「ライブ」という二つの要素を介在させないアーティストが同じように「一億回」という勲章を手にした。ライブなき2020年の音楽の「伝え方」や「届き方」をこんなに象徴している例はないだろう。
ただ、明らかに違う点もある。
それは「コンセプト」であり「戦略」と言っていいかもしれない。
YOASOBIは、ソニーミュージックが運営する小説とイラストの投稿サイトと連動している。「音楽を小説にする」という「コンセプト」から始まっている。デビュー曲「夜に駆ける」は、そこに投稿された小説「タナトスの誘惑」をモチーフにしている。詞曲を書いているAyaseは初音ミクなどのボカロに曲提供するボーカロイドプロデューサー、彼がSNSで見つけて声をかけたシンガーソングライターがヴォーカルのIkuraである。アルバム「THE BOOK」に収録された7曲にもそれぞれに「原作」がある。歌詞のどこかに「小説」のイメージが反映されている。
「音楽」と「小説」のドッキング。ひと昔前に流行った言葉を使えばメディア・ミックスの産物。つまり自然発生的なユニットではない。