料理は美学より実利 平松洋子さんは包丁とキッチンばさみの二刀流で

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   週刊文春(12月17日号)の「この味」で、平松洋子さんがキッチンばさみの重宝ぶりを書いている。台所にひとつあるかないかで、料理の手間が違ってくるようだ。

   「はさみを使わない日はない」と書き起こした筆者。封筒や宅配物の包みを開ける時には必ず、はさみを使う。「ビニール袋入りの郵便も増えてきたけれど、開封口にミシン目がついていても、結局、はさみをピーッと走らせたほうがずっと早い」

   そして「もう一本、大事なはさみがある」とつないで、主題に入る。「台所のキッチンばさみ。コレなしではやっていけないくらい、包丁と同格の位置にまで登り詰めたのだが、使い始めた当時は、まさかここまで第一線に立つなんて思ってもみなかった」

   平松さんがキッチンばさみを買ったのは30歳前後。台所仕事にもなれ、新しい道具が欲しくなる頃だった。オールステンレスの、分解して洗えるタイプで、2000円もしなかったという。使い始めると、食材の袋の口を切るだけの器具ではないとわかってきた。

「蒙を啓かれたのは海苔を刻むときで、それまで指で細かくちぎっていたのに、はさみを握れば、空中で幅一ミリの芸当。工作感覚もうれしかった」

   それでも平松さんがこうした使い方に二の足を踏んだのは、〈料理は切れ味のいい包丁使いで勝負!〉みたいな「呪い」がかかっていたせいだった。

  • 冨永の台所でキッチンばさみが活躍するのは、枝豆の端っこを落とすとき
    冨永の台所でキッチンばさみが活躍するのは、枝豆の端っこを落とすとき
  • 冨永の台所でキッチンばさみが活躍するのは、枝豆の端っこを落とすとき

韓国で融けた呪い

   その呪いを解いてくれたのは韓国だったそうだ。

「焼肉屋に入ると、それが牛肉でも豚肉でも、焼けた肉をトングで持ち上げてお客の目の前でバッサリ、じょきじょき切り分けてくれる。実利優先のミもフタもない光景だなと思いながら見ていたが、よく考えれば、スピーディさ、無駄のなさ、手軽さ...焼肉とはさみは最良のコンビなのだった」

   そこにキムチがダメを押す。包丁を使うと、まな板が赤く染まる。ところが、ボウルから引き上げた白菜に直接はさみを入れれば、しつこい汚れで泣きを見ることもなく、使う分だけ刻めるというわけだ。

「はさみを使えば、勝ちの決まった空中戦。手強い冷麺もイッパツだ。こうして、キッチンバサミににじり寄り、いまでは包丁とはさみの二刀流」

   続けて、キッチンばさみを使う場面がいくつか例示される。

(1)新聞紙を広げ、アジやイワシの頭や尻尾を切る
(2)椎茸の軸や三つ葉の根を落とす
(3)ブロッコリやカリフラワーの房を使うぶんだけ、切り取る
(4)青みが少し欲しいとき、鍋の上でねぎやパセリや大葉を刻む
(5)鶏肉の筋切り、皮の脂取り
「的確に狙いがつけられ、まな板を洗う手間もいらない。焼きたての玉子焼きの端にはさみを入れて切り取り、つまみ食いしたりもする」

頼れる仲間に

   文春の「この味」はこの作で461回目という長期連載。雑誌の格からしても、当代きっての「食」の書き手にふさわしい、いわば平松さんのホームグラウンドといえる。

   キッチンばさみは、調理器具としては地味である。単にはさみと言えば、もっぱら台所以外で使うほうを指す。料理専門誌ならともかく、読者層が広い雑誌だけに、筆者が一般的なハサミから書き始めたのは自然の成り行きだろう。

   そのうえで、大した期待もせずに購入したキッチンばさみが、やがて欠かせないアイテムになっていく経緯が描かれる。転機は韓国旅行だったと。確かに、巻物のような骨付きカルビを切り分ける焼肉店スタッフの手際は鮮やかだ。初めて見る外国人は違和感や滑稽さを覚えても、やがて平松さんのように「なるほど」と合点がゆく。

   食いしん坊には、作るほうも好きという人が多い。そして料理好きには、私はさほどでもないのだが、調理用具にこだわる向きが少なくない。

   作中、「勝ちの決まった空中戦」という威勢のいい表現が印象に残った。はさみはキッチンという戦場で意のままに動かせる手勢であり、仲間であるらしい。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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