脱臼の悶絶 大竹聡さんは呑んで転んで未経験の痛さに反省しきり

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   週刊ポスト(11月20日号)の「酒でも呑むか」で、大竹聡さんが脱臼の苦痛について書いている。大竹さんの連載は酒飲みの日常を描くもので、いつもは居酒屋のあれこれや飲酒マナー、美味いつまみ等のユルい話題が多く、この種の「痛い話」は珍しい。

   「少し飲み過ぎたのはいつものことだった」...コラムはサスペンス風に始まる。

   その日、大竹さんは昼の会食から呑み始めた。珍しく「しっかり食べながらの穏やかな酒」だった。奥方ともう一軒寄った後、自宅最寄り駅まで戻り、改札階へと続く下り階段で足を踏み外した。午後8時半ごろの話である。57歳の大竹さん、長い酒人生でよろけることはあっても、酔って転んだ経験は2回しかないという。

「ほんの2、3段のことだ...ハッとして、ああ、転ぶ、と思った刹那、うまく足が出ず、階段下の床にずるずると転びかけたとき、さっと左手を突いた」

   左肩が異様に熱く、身を起こそうにも力が入らない。頭は打っていないし、手のひらも肘も大丈夫。しかし「外れたな...」と思った直後から、猛烈な痛みに襲われた。妻が駅員を呼びに行く。ストレッチャーに横たわり、救急車に乗るのは生まれて初めてだった。

   救急隊員「何時から飲んでますか」 大竹「昼から」

「救急隊員は『昼からね』と反復したのだが、それを聞いて、やるせなくなった...血が出るわけでも意識が混濁するわけでもない酔っ払いが救急車を頼んでいるのである。傍から見れば迷惑千万。それだけのオヤジである」
  • たらふくお酒を飲んだ後は、お気をつけて
    たらふくお酒を飲んだ後は、お気をつけて
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黙ってられねえのか

   とはいえ、初めて味わう激痛だった。駅の事務室でも救急車でも、病院のベンチでも、大竹さんは「イタイ イタイ」と繰り返した。「黙ってられねえのかバカヤローと自分に言い聞かせたが、なにしろ痛い」。レントゲン写真を見ると、肩の関節にハマっているはずの丸い骨がスポッと外れていた。

「診察台に寝かされ、医師が手首のあたりを持って、軽く下へ引っ張る。『力抜いて~、力抜いて~』 手を上げさせて骨を納めるつもりらしい。ウソだろ、無理だ、動かしてはならない。センセ、やめて、やめてくれー! 激痛と一緒に、するり、という感触があった。ああ、入った!」

   ハマったことをレントゲンで確認した後、湿布と飲み薬をもらってタクシーで帰宅した筆者である。痛みは遠のき、横になるとぐっすり眠り込んだ。

「目覚めた後はひたすら意気消沈。左腕を吊りながら、これを書いている。教訓。脱臼は、痛風より痛い。気を付けます」

プロの酔っ払いが

   お酒に関する著作も多い大竹さんは、ただの飲食ライターの域を超えて「プロの酔っ払い」でもある。呑んで書くのが仕事だから、酒席の記憶には自ずと正確さが求められ、前後不覚に陥っては仕事にならない。その意味で「素人」のように階段を踏み外したのは不本意に違いない。ご本人も、穏やかな昼酒ゆえに「油断したのだろうか」と反省している。油断とは、ハシゴした店で夜まで呑んでしまったことだろう。

   初めて体験した脱臼の感想が「痛風より痛い」というのも大竹さんらしい。痛風はアルコール摂取、とりわけビールの多飲が発作に結びつくとされる病。呑兵衛という共通点を持つ私は幸い、脱臼・骨折も痛風もやったことがなく、痛さの実際はわからない。

   私事にわたるが、64年の人生で一番痛かったのは、30代と40代の2度経験した尿路結石の発作である。いずれも海外駐在時のこと。とくに最初は真夜中から未明にかけての発症で、救急外来に駆け込んだ。悶絶しながら、ポケット辞書を片手に不自由なフランス語で症状を説明するという生き地獄。痛くて吐いたのは、後にも先にもあの夜だけだ。

   「経験のない痛さ」を文字で表すのは難しい。少なくとも、酒やつまみの旨さを伝えるよりハードルが高い。大竹さんが用いた表現によれば、イタイイタイと繰り返す自分に「黙ってられねえのかバカヤロー」と言い聞かせるほどの痛み、ということになる。

   筆力あってのことだが、脱臼の顛末がそのまま連載1回分になるのは羨ましくもある。転んでもただでは起きないライター魂、私も見習いたい。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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