ピアノの達人だったグラナドスの演奏効果抜群の曲

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「スペインの粋」や「ダンディズム」を感じさせる

   1887年、彼が到着したパリは、まさに近代フランス音楽の絶頂期でした。フランク、サン=サーンス、フォーレ、ドビュッシー、デュカス、ヴァンサン=ダンディ、同郷のアルベニスといった人が活躍していました。残念なことに、私の母校でもある、パリ音楽院にも挑戦するつもりでしたが、病気になってしまい、入試時期を過ぎたらすでに年齢制限オーバー、ということになり入学はできませんでした。しかし、音楽院教授のベリオに個人的に師事することができ、そのクラスメイトにはラヴェルとやはり同郷のヴィニェスがいる・・という華々しさでした。

   フランスでピアニストとしても、作曲家としても十分に学んだグラナドスは、1889年にスペインに戻り、マドリードとバルセロナを拠点に、スペインを代表する作曲家・教育者・ピアニストとして活躍していきます。

   「演奏会用アレグロ」は、そんな彼が1903年に作曲した、文字通り「演奏会用」の華やかな作品です。難易度の割には派手で演奏効果もあり、ピアノに精通したグラナドスならではの、工夫を凝らした華麗なピアノ作品となっています。彼の故郷カタロニアは闘牛の本場ではありませんが、アンダルシア地方の闘牛やフラメンコを思わせるような「スペインの粋」や「ダンディズム」を感じさせるこの曲は、彼の代表曲集「ゴイェスカス」などと並んで、現在でも頻繁に演奏される作品となっています。

本田聖嗣

本田聖嗣プロフィール
私立麻布中学・高校卒業後、東京藝術大学器楽科ピアノ専攻を卒業。在学中にパリ国立高等音楽院ピアノ科に合格、ピアノ科・室内楽科の両方でピルミエ・ プリを受賞して卒業し、フランス高等音楽家資格を取得。仏・伊などの数々の国際ピアノコンクールにおいて幾多の賞を受賞し、フランス及び東京を中心にソロ・室内楽の両面で活動を開始する。オクタヴィアレコードより発売した2枚目CDは「レコード芸術」誌にて準特選盤を獲得。演奏活動以外でも、ドラ マ・映画などの音楽の作曲・演奏を担当したり、NHK-FM「リサイタル・ノヴァ」や、インターネットクラシックラジオ「OTTAVA」のプレゼンターを務めるほか、テレビにも多数出演している。日本演奏連盟会員。

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