お金で済まないこと 東畑開人さんは、代わりに時間を使おうと

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心の薬剤師

   大手カード会社のテレビCMが、プライスレス(お金では買えない=大変貴重な)という言葉を盛んに流したのはいつだったか。世の中には値踏みを拒むような物事も確かにあって、それらを壊したり、失くしたりした場合が「お金では済まない」状況である。命とか愛とか信頼とか、大切な人とか、その人との至福の思い出とか。

   東畑さんが説くのは、そうした際の心の対処法だ。すなわち「お金の代わりに時間を使うべし」と。時が癒してくれること、あるいは歳月にしか癒せないことはある。それは、感情の動物である人間だけに天が与えてくれた処方箋にもみえる。臨床心理士の仕事は、その意味で「心の薬剤師」に近いのかもしれない。

   ライターとしてカウンセリングは「ネタ」の宝庫だろうが、守秘義務もあるから書き飛ばすわけにはいかない。最大限プライバシーに配慮したうえ、一般化できる教訓や成功(失敗)例をうまく抽出して再構成しなければならない。ただし、具体性をある程度残さないと信憑性が弱まるし、そもそも読み物として面白みに欠ける。

   その点、上記作はなかなか良いあんばいで、書き手としての才を感じさせた。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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