ウイッグをつけて撮った写真
歌い方で気づいたことが二か所あった。ひとつは、彼女が「ねえ、あなた」を呼びかける部分だ。
骨までしゃぶって私をイカせた
ねえ、あなた
嘘だと気付いた時には
捨てられたのね
「ねえ、あなた」がいい。
どこか微笑んでいるような軽さ。捨てられた女の恨みつらみが全くない。「捨てられた」ことより「イカせた」ことを愛おしんでいるかのような女っぽさ。彼女は、こう言った。
「そこは、桑田さんの指定だったんです。私は演歌風に崩しちゃったんですけど、そこはきっちりリズムに乗って歌わないといけないっておっしゃって。そこをリズムに乗らないとサビにいけない。計算されてるんだな、と思いました」
サビにも仕掛けがある。
ゲリラ豪雨(あめ) 落雷(いなびかり)
故郷へ帰してくれ
他人を見下した目や
身なりの悪さは赦す
ただ、箸の持ち方だけは
無理でした
男歌風に歌いあげた「ゲリラ豪雨」の勢いと対照的な「箸の持ち方」に笑ってしまった人もいるかもしれない。
彼女はこう言った。
「魂が怒ってるという表れが『ゲリラ豪雨』なんでしょうね。きっと付き合っていたころから箸の持ち方はダメだったんだと思うんです。でも、好きだから気にもしなかったし言わなかった。魂になった今だからさらっと言える。そういうことが歌えば歌うほど分かってくるんです」
主演・坂本冬美。彼女のアーティスト写真も、それ風に、という桑田佳祐の希望だったそうだ。生まれて初めてウイッグをつけて帽子を被って写真を撮った。ミュージックビデオでは、もろ肌を脱いだ背中をさらしている。
「ディレクターと話していて、優等生な冬美ちゃんもいいけど一皮むけないといけない。情念的な演歌には『夜桜お七』がある。ポップス系の歌では『また君に恋してる』がある。ポップス系の情念の歌がない、と言われていた矢先に桑田さんがポンと出してくださった。自分でも殻を破った、という感じです」
桑田佳祐・作「歌謡サスペンス劇場」。レコーディングの時、彼女の緊張を和らげようと、彼もスタッフも全員「冬美Tシャツ」を着こんでいたのだそうだ。
彼にしか書けない曲であり、彼女にしか歌えない歌。「ブッダのように私は死んだ」は、この後、どんな語られ方をしてゆくのだろうか。
(タケ)