■『予測学 未来はどこまで読めるのか』(著・大平徹 新潮選書)
辞書で「予測」を引いてみた(評者の手元にあったのは「広辞苑第4版」)。「あらかじめ推測すること。前もっておしはかること」とある。そこで「推測」を引いたら「(ある事柄に基づいて)おしはかること」、「おしはかる」を引いたら「既知の事柄をもとにして、未知のことについて見当をつける。推量する。推測する」となっていた。
著者は「予測」と関連する単語を辞書から拾ってみたそうだ。「予知」「予見」「予想」「予言」「予報」「推測」「憶測」「推定」「忖度」など。予測の対象は幅が広い。(上記の辞書の引用からも感じられるように)通常は未来のことになるが、推定、推測なども含めれば、過去から未来、原子などの極小の世界から宇宙の構造などの無限大を感じさせるところまで、時間的にも空間的にも広がっているという。
「予測学」という統一した学問体系があるわけではないが、著者は、本書のタイトルは思い切ってつけたという。本書には、数理科学を専門とする著者と一緒に、予測とは何だろうと考えながら身近なテーマに向き合って、探検していくような楽しさを感じるところがある。
予測できることとできないこと
本書では、地震、噴火、天気など自然現象に関する予測が紹介される。1978年の伊豆大島近海の地震などある程度予測に成功した地震がある一方、阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本地震の本震などは予知や想定を超えていた。地震発生は多様だし、大きな地震の頻度は低く、頻度の低い現象の生起の予測はより難しいという。
よく話題になる30年以内の地震の確率は、地震がいつ起きるかを教えてくれているわけではない。他方、天気予報は、観測網やコンピュータの発展で予報・予測技術は大きく進歩しており、精度は向上し続けている。それでも、局地的な竜巻や豪雨などの予測はまだ難しいところがあるそうだ。
社会現象や生活に関する予測では、交通や人口に関する予測などが、数理モデルも含めて紹介される。高速道路での自然渋滞を再現できる「最適速度モデル」や、鳥の群れの動きに迫る「ボイドモデル」など、少ない条件を定式化した(シンプルな)モデルが現象をかなり良く再現できることはとても興味深い。
今回の新型コロナウイルスの感染拡大で、1927年に提案された「SIRモデル」(これも基本的には3つの常識的な条件(機構・メカニズム)を定式化したもの)が一般にも知られるようになったように思う。本書では、感染拡大初期にこのモデルを応用して感染拡大と収束の予測に成功した例が紹介されるが、一方で、他の地域では予測が困難だったことも紹介される。数学的に定式化されたモデルでは、予想や定量化ができない要素を含む現実を捉えることは困難だ。
予測に対する感度や評価が大事
予測をどのように受け止めるか。予測を支える理論や技術は(恐らく、急速に、大きく)進歩し続けている。それでも、まだ分からない(理論的に解明されていない)部分はあるし、技術的にできないこともある(コンピュータの処理能力にも限界がある)。自然や社会経済(あるいは人間の考え)はとても複雑なので、観測が難しかったり、数式や計算に乗りにくかったりする部分がかなりあるだろう。そして、将来は不確実だ。手元にあるデータは過去のものということになるが、未来が過去と同じように動くものなのかどうかは分からない。
筆者は、予測は単体ではなく、それに対する感度や評価が併せて用いられることで、初めて力が発揮できるという。大切なことは、予測がどのような考え方や技術で導かれ、それがどのような意味をもっているかを感じ取ることではないかと思われる。確度の高い予測は(それ自体を)施策に活用できるだろうが、現時点では予測が難しいということを認識することも大切で、いつ何が起きるか分からないという前提で起きたときにどうするかなど予測の難しさを踏まえた備えに生かすことができるだろう。
本書の議論からは少し外れるが、予測を幅広くとらえた場合、その性質も色々あるように思う。天気予報(weather forecast)などは「当て」にいっているということだと思うが、最近の動向を将来に投影(projection)したらどのような姿になるかということを(幅を持って)示すことで、課題把握や施策立案の基礎となるものもある。本書でも紹介されている国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口」は、"Population Projections for Japan" だ。
本書の「予測」をめぐる話は、数学の予想(まだ証明されていない)や物理学の予測(まだ実験等で観測・確認がされていない)、機械学習、将棋の次の一手、セミの脱皮、感動や知性など、分かっていること、分からないことも含めて、様々に広がっていく。世の中が予測で成り立っている(予測がなくなると世の中は大混乱に陥る)といってもいいくらい、身の回りに予測に関係するものがあることにも気づく。こうしたところも本書の面白さになっているといえるだろう。
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