全4楽章からなるラヴェルの傑作室内楽作品「ピアノ三重奏曲」ですが、私が、この曲は出征前のラヴェルが書き残したいわば「遺書だ」と強く感じるのは、第1楽章です。
全曲通して演奏時間は30分ほどなのですが、第1楽章は演奏時間が10分ほどもかかります。交響曲やソナタにおいて最も重要なのは、大抵第1楽章ですが、このトリオも、第1楽章が演奏時間的にも、内容的にも、この曲の「顔」とも言うべき、かなり重要なポジションを占めているといえます。
異例中の異例「8分の8拍子」
そして、奇妙なことに、この第1楽章の拍子が、「8分の8拍子」という、あまり目にすることのない拍子で書かれているのです。「4分の4拍子」とか「4分の3拍子」とか「2分の2拍子」とか「8分の6拍子」などの拍子が、ほとんどのクラシック曲には使われ、「1小節の中に8分音符が8個存在する」というこの拍子は、大変めずらしいものなのです。
しかも、最初の出だしは、ピアノのみで演奏されるのですが、その8拍は、「4+4」でも「2+2+2+2」でもなく、なんと「3+2+3」というリズムに分けられています。3拍子系統の拡大リズムで、現代音楽なら、こういった拍子を設定することも珍しくないのですが、まだ20世紀に入ったばかりのこの時期のラヴェルの作品としては異例中の異例です。ラヴェルはなにゆえ、こんな珍しいリズムにしたのでしょうか?
・・・・これは、おそらく「バスクのリズム」なのです。バスクの民謡のリズムには8拍子のものがあるそうですし、踊りのステップは独特で、「パ・ド・バスク」と呼ばれるものがバレエやスコティッシュダンスにも存在します。さらに、同時期に企画され、第一次大戦のために作曲を中断した作品に、バスクの伝統や文化などさまざまなものを織り込んでゆく曲がありました。そしてなにより、バスク人である母親のことが大好きで、自らもバスクのシブール生まれの彼は、自分の血の中にもバスクを意識していたに違いないのです。生誕地の隣町、サン・ジャン・ド・リュズでのバカンス滞在中に、この曲を書き上げたわけですから、バスクを織り込んだ第1楽章は、彼が自らのアイデンティティーをあらためて問い直した曲のように思えてなりません。