収録39曲に時代のばらつきが感じられない
「STANDARD~ザ・バラードベスト」は、3枚組、全39曲。年代も収録アルバムもとらわれずに選曲されている。
彼は、筆者が担当しているFM COCOLO「J-POP LEGEND FORUM」で、いま、なぜバラードアルバムなのか、という質問に「以前出した『ALL TIME BEST』がアルバムチャートの一位になった。CDが売れない時代にこんなうれしいことはなかった。今まで矢沢のことを知らなかった人たちが買ってくれたんだと思う。それならバラードだけのアルバムも聞いてもらえるのではないかと思った」と話していた。選曲もリサーチ会社に依頼して、コアなファンではない人たちに聞いてもらった結果を参考にしているそうだ。
彼のこれまでのアルバムには、全体の印象がどんなに激しいものでも一曲はバラードが入っている。アップテンポなロックに主役を譲っていたそれらの曲が並ぶことで、これまでになかった面をじっくりと味わえるアルバムになっている。
アルバムの特徴はそれだけではない。
何よりも「音」について触れなければいけない。最初に聞いたときの印象の一つが「音の良さ」だった。
ロックやポップスには「時代の音」がある。レコーディングの機材やスタジオの環境、デジタルな技術の変化などで「流行りの音」が誕生する。「STANDARD~ザ・バラードベスト」には、そうした時代のばらつきを感じさせなかった。それぞれの楽器の音や歌がクリーンに聞こえる。彼は「39曲すべてに何らかの手が加えられている」と言った。
矢沢永吉の功績は、ロックをお茶の間に浸透させたことだけではない。70年代の最後に日本の音楽シーンの頂点に立った後、彼はそれまでのチームを解散、アメリカに渡った。
その最大の動機は「洋楽に肩を並べるロック」のためだ。なぜ日本のロックアルバムは洋楽に比べて音が貧弱なのか。彼は、ロサンジェルスを拠点に人脈を広げ、ドウービー・ブラザースやリトル・フィートなどアメリカ西海岸のバンドのメンバーやシンガーソングライターとの交流を深め、アルバムを制作、共に日本でのツアーを行った。
70年代から80年代にアメリカ西海岸で始まったAOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)と呼ばれた大人向けの上質なロックを現場で体験していたのが彼だった。
今、この時代に自分の音楽をどんな音で聞いてもらうか。
音だけではない。彼が役者としても出演していた90年代のテレビドラマ「アリよさらば」のテーマ「いつの日か」は、キーを下げて歌い直されている。彼は、同番組の中で「なんであんなに高いキーで歌ったんだろう。ともかくポール・マッカートニーみたいに歌いたかったんだろうね」と言った。今の自分の心境、年齢なりの歌。39曲の中には、オリジナルではなく、その後に歌い直されたものも多い。39曲のうち、半数以上が40代・50代にレコーディングされた曲というのも聴き所の一つだ。