火おこしの技 松重豊さんは五十肩が怖くて「ぶん回し」を自重する

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   サンデー毎日(10月18日号)の「演者戯言」で、松重豊さんが「火おこし」の技について書いている。松重エッセイを私が取り上げるのは3回目。残念ながらこれにて終了(全25回)とのことだ。巧まざるユーモアと構成力、楽しませてもらいました。

   「日が短くなってきた頃のナイトロケは寒さに慣れていない身には堪える。まして衣装が薄着であれば尚更」...そんな時はどうするか。かつての松重さんは、制作側に「ガンガン」の用意を頼むのが常だったらしい。

   ガンガンというのは、数カ所に穴が開いた一斗缶に木炭を入れた、簡易の暖房具である。手慣れたスタッフが、火を点けた段ボールを缶に投入し、すかさず取っ手を持って大車輪のごとく缶を回す。すると段ボールの火が木炭に移り、がぜん現場が暖まるという運びだ。

   松重さんは、役者の注文に即座に応える裏方への賛辞を惜しまない。

「これがなかなかカッコイイ。出来るスタッフ感ありありなのだ。『火』を扱いこなすことが『男』も上げるというのは、原始時代からのステータスなのかも知れない」

   松重さんはキャンプに凝ったことがある。暇はあったが金がない、下積み時代のことだ。急に飛び込む仕事を逃さないため、そうそう長旅には出られない。その点、前日に予約できるオートキャンプ場は便利で、関東一円、家族で5000円ほどで楽しめたという。

「食事は勿論バーベキュー、炭おこしは父親の役目だ。これが上手くいかないと食事はおろか灯りも暖もとれない。かっこいいスタッフよろしく風と火を巧みに操り炭をおこす。そんな父親の背中を見て子供はどう思ったか確認してないが、本人が悦に入っていたのは確かだ」

   家族キャンプに行くたびに火おこしにまつわる道具が増え、大型車に積みきれないほどになったとか。

  • バーベキューで火をおこすのは
    バーベキューで火をおこすのは
  • バーベキューで火をおこすのは

消えたイナセ野郎

   最近では「ガンガン」も様変わりし、長い箱状のものとなった。燃やすのも木炭ではなく固形燃料...筆者の言葉を借りれば「旅館の夕食で仲居さんが点火してくれる青い奴の巨大版」になったそうだ。

「大きいから度胸はいるが女性スタッフでもチャッカマンで一発だ。風車のように火を回す鯔背(いなせ)な野郎はいつの間にか絶滅してしまった」

   映画やテレビの撮影も日進月歩。ほかでは使えないけれど現場に欠かせない特殊技能や、その伝承者は少なくなっているのだろう。

「子供も社会人になり、キャンプも遠い思い出になってしまったが、今またブームだと聞く。白髪で火をぶん回しおこす爺ぃとなって注目されたいが、五十肩が不安なのでやめておこうと思う」

オチを意識して書く

   火をおこせるようになって男は一人前、といった言説を何度か見聞きした覚えがある。昨今は「男も女も...」と読み替えるべきかもしれない。子どもの目の前で火をおこしてみせ、「どうだ、父さん(母さん)すごいだろ(すごいでしょ)」と悦に入る大人の様子は「キャンプあるある」の上位にくるのではないか。

   火おこしの技術は松重さんが書く通り、とくに秋冬キャンプではキホンのキ、単独行なら死活問題ともなる。スギ枯葉などの焚き付けを拾い集め、おこした火を細い薪から太い薪へと少しずつ育てていく。都会の家族ならまたとない異体験となるはずだ。

   松重さんは仕事現場に伝わる「暖のとりかた」から書き起こし、火つながりで家族キャンプの思い出話に筆を進める。「ガンガン」の名人が「女性スタッフ+チャッカマン」に取って代わられたように、父親の見せ場はどんどん少なくなっていると。便利だけど何だか寂しいなあ、といったノスタルジーがにじむ展開である。

   そして、最後はよくある自虐ネタで軽く落とした。プロのライター以外で、オチを意識して書いている人は貴重な存在だ。なかなかのサービス精神だと思う。

   連載「演者戯言」をまとめた初の著書『空洞のなかみ』が、毎日新聞出版から10月24日に刊行される。松重さんの筆力を確かめたい向きは、そちらでぜひ。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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