タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」
実際に舞台を見たわけでも原作を読んでもいないでこういう話をするのは多少気が引けるのだが、去年(2019年)、上演された「イノサン・ミュージカル」の主演が中島美嘉という報道を目にした時に、妙に納得してしまった。こういう舞台を演じる事の出来るアーティストは彼女くらいだろうと思った。
人気漫画「イノサン」を演出家の宮本亜門が舞台化したミュージカル。その物語の背景が19世紀のフランス革命であり、彼女が演じる主人公が、ベルサイユ宮殿の死刑執行人で、しかも、実際には存在しなかった架空の女性執行人という設定だったからだ。
「フランス革命」と「女性死刑執行人」。つまり「革命と死」というテーマである。フランスの貴族文化と死刑という刺激的なテーマなのだから、演者がかなり絞られるのは自明のことだ。
2020年10月7日に発売になった彼女の9枚目のアルバム「JOKER」の初回盤についている、その中の曲のミュージック映像は、そんなキャスティングがいかにはまり役だったかを想像させるはずだ。
どこかに「翳」がある曲が支持され
中島美嘉のデビューは2001年11月発売の「STARS」、ドラマ「傷だらけのラブソング」の主題歌、彼女はドラマのヒロインとして女優デビューもしている。2002年に発売された一枚目のアルバム「TRUE」もいきなりミリオンセラー、その年のレコード大賞の最優秀新人賞も受賞。その後も2003年の「接吻」、「雪の華」、2005年の「桜色舞うころ」などのヒットを連発、21世紀にデビューしたアーティストの中で最初に華々しい成功を手にした女性となった。
ただ、彼女は、筆者が担当するFM NACK5「J-POP TALKIN'」のインタビューでその頃のことをこう言った。
「何の予備知識もない中で毎日が本番という状態で、何が正解か分からないですし、勉強する暇もなかったんで、ずっと怯えて暮らしてました。でも今思えば、だからやれたんでしょうね。やっと面白いと思えるようになりました」
中島美嘉がデビューに至る話は平成音楽シーンの伝説と言っていい。
中学生の時から学校になじめず、「卒業したら職につくと決め」、故郷・鹿児島を離れて福岡に向かった。モデルのオーディションを受け、その傍らで歌手になるために東京のレコード会社にデモテープを送り、紙袋に最小限の荷物とドリカムとaikoとオフ・スプリングのCDを入れて上京した。夢をかなえるために自分の力で生きてゆく。2005年に彼女が映画にも主演した矢沢あいの人気ロック漫画「NANA」の主人公のバンド少女はそのまま彼女に重なり合った。映画の主題歌の「GLAMAROUS SKY」は、その年の年間シングルチャートで唯一女性でトップ10入りし、大ヒットとなった。
彼女が、同じように平成になってデビューした女性アーティストの中でも異色なのは、そうした活動や作品に華やかな「芸能界」のイメージが少ない事だろう。儚さや切なさ、あるいは悲劇性を感じさせる声がそうさせているのだろうが、どこかに「翳」がある曲が支持されている。日本だけではない。2012年にシングルになった「明日世界が終わるなら」や2013年の「僕が死のうと思ったのは」などはその最たる例だ。特に「僕が死のうと思ったのは」は、曲の最初から最後まで「死」がテーマになっている。なぜ自分が「死のう」と思ったかが綴られている。メジャーな形で発売されている女性アーティストの曲でここまで「死」について詩情豊かに歌った曲はないのではないだろうか。それでいて韓国や台湾などアジアでヒットし、彼女の公演では客席ですすり泣く人が続出したという。
彼女は、NACK5「J-POP TALKIN'」の中で、あの曲についてこう言った。
「耳の不調で半年間お休みして復帰してすぐだったので怖いものがなかったこともあるんでしょうけど、あの当時、これを歌えるのは私しかいないと思いました」