「完全5度」の試み
実は楽譜が発明される200年ぐらい前から、教会の合唱音楽において、現代で言うところの「オクターヴ」で音を重ねることが試みられていました。「オクターヴ」の語源は、ラテン語で数字の8を意味する「Octo」(八本足のタコ「オクトパス」も同じ語源です)から来ており、当時のオクターヴが8音で構成されていたことからこの名前で呼ばれておりました。つまり、「ド」と一つ上の「ド」のように、同じ音だが音の高さが違う音を重ねるという歌い方で、おそらく大人の合唱団員と、変声前の少年の合唱隊などで、ハモっていたと思われます。ちなみに現在ではオクターヴは12音に分割されています。
そして今では「ユニゾン」と呼ばれるオクターヴ違いの音を重ねるこの技法は、我々が想像するより長く、具体的には200年ぐらい、続けられたようです。誰も「他の音を重ねてみる」ということに積極的に踏み出さなかったのです。それほど「単旋律」の音楽は支配的でした。
しかしようやく、「ある一定の別の音を重ねても響きがおかしくならない」ということに気づき始め、現在の音楽用語でいうと、「完全5度」といわれる、オクターヴ以外では一番奇麗にハモって聞こえる音程関係の音を組み合わせて歌う試みが行われます。
完全5度は「ド」に対して上の「ソ」の音、下に完全5度を取れば「ド」に対して「ファ」の音となりますので、「ファ」を上に持ってきた場合は「ド」に対して「完全4度」と呼ばれます。この「完全4度」と「完全5度」の音程関係は、「重ねても響きが美しい音程関係」として、広く採用されるようになります。このあたりの音律に関しての分析は、古代ギリシャの時代にすでに行われていましたが、中世の欧州は、改めてその音程関係を「発見」したのです。
音は自然現象ですから、人間が発見する前から物理法則として「協和する音程」は存在していたのですが、それを「美しい音程」として認識して音楽に取り入れるのは、数百年もかかったのです。音楽のほんの少しの発展にこれだけ長い時間がかかったのは、楽譜が存在していなかった、というのが1つの大きな原因です。