音楽を記す方法は世界各地にありましたが、いずれも完全とは言い難いスタイルのもので、11世紀イタリアで発明された、現代につながる「楽譜」は、やはり一頭地を抜く発明でした。後に五線譜となる複数本の線を引くことによって、相対的でなく、絶対的な音の高さを示すことができ、曲を知らなくても旋律を楽譜のみから再現することができました。リズムやテンポも次第に記すことが可能となり、「これさえあれば、曲の学習に、その曲を熟知している指導者が必ずしも必要ではない」という段階まで来ることができたのです。
「音を重ねる」という音楽の進歩を導き出した
では、その楽譜が音楽に逆に与えた影響はなんだったか? 記憶だよりだった音楽を記すことが可能になったため、より長時間の曲が作られたり、口伝だと途中で改変される可能性があるものを、紙に記すことによって保存できるわけですから、「作曲」の重要性が高まりました。
しかし、おそらく、欧州発の楽譜の最大の功績は、「音を重ねる」という音楽の進歩を導き出したことでしょう。口伝で音楽を伝えていた時代は、音楽はほぼメロディーだけの単旋律の単純なもので、伴奏があったとしても、とてもシンプルなものだったはずです。複雑なものを記すことができるようになったからこそ、「作曲家」は、メロディーを工夫する「横方向」の工夫だけでなく、音を重ねる「縦方向」にも気を配れるようになったのです。そんな複雑な音楽は、従来なら「覚えきれない」として敬遠されてきましたが、なにしろ「記すことができる」わけですから、多少の複雑さは許容されたのです。
ところが、これも、一筋縄ではいきませんでした。つまり、現代の「ハーモニー」に到達するまでには、気が遠くなるような長い時間がかかったのです。